2009年01月08日

クリスマスプレゼント

本日パスクアリーノから クリスマスプレゼントが届く。
2週間遅れではあるが サプライズ、とても幸せな気分になった。
そのプレゼントのサイズは30センチ×20センチ×5センチほどの大きさ。
そしていつもの芸術的な包装。
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どうですか、素晴らしいでしょう!!

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箱の横にもこんなデザインが。

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これは箱の裏面です。

また切手が楽しいんだな、これが。
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左上、左中は北京オリンピックの記念切手。

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シチリアの切手もあった。

そして箱をあけると シラクーサにあるカルフールというスーパーの
チラシに ”メリー・クリスマス”の メッセージが・・・
そういえば”新年おめでとう”とローマ字でメッセージも入っていた。
さては 彼のお店に来ていた日本人に聞いたな・・・
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そしてカルフールのチラシの下には ダンボールにまたもや
メッセージ、メリー・クリスマスと明けましておめでとう。
また、赤、黄色、緑等などのペンを駆使したアート。
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そしてそのメッセージの下には
クリスマスカード、10通と10人分のプレゼント。

私の両親には マフラーをそれぞれ。
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うちの子供たちには 帽子とブレスレッド。
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私には カフスボタンと車用にとキーホルダー。”このカフスはバレンチノだぞ”
というメッセージもついていたが おそらく使用ズミ。
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そして シェフには キーホルダー。(絶対に使用済み、汚れアリ)
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その他、パスクアリーノの知人の高見さんと千葉さんにもカードとプレゼント。

パスクアリーノのメッセージにも ”小さなプレゼントだが受け取って欲しい”
とあったが、値段じゃない、中古でもいい、気持ちがうれしい!!
シチリア人は友情に厚く、おせっかいなぐらいだがこれがうれしい!
これがうれしく思う事がシチリア魂の原点だと勝手に思っている。
是非とも真似したいものだ。

と言う事で、今年もパスクアリーノに会いに行ってきます。
今年はスタッフ全員、プラス以前ムニロで働いていた優ちゃん、
総勢6名でいってきまーす!!

投稿者 muniro : 14:12 | コメント (0)

2008年12月22日

クリスマスカード

パスクアリーノからいつものカラフルなクリスマスカードが届く。

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毎年派手なカードだが 今年のは随分とシックだ。
よく見ると SONY と書いてある。
サイバーショットの空箱を葉書の大きさにカットして
カードにしたようだ。

しかも、あて先は我が家の愛犬、ウィンディ宛だ。
このおっさん60歳もとっくにまわっているはずだが
心はいつまでも 少年のようにピュアだ。

来年は2月2日から シチリアに行く予定。
毎年彼の無邪気な笑顔に会いに行く。
シチリアには毎年行くのだが あまり観光をしたことがなく
今年こそはと思うのだが、また彼のペースに巻き込まれる。
最初は少し喧嘩もしたが 今では
頑固なおじの家に帰郷する感じ、やつのペースに
引っ掻き回されるのも心地よくなってきた。

投稿者 muniro : 16:47 | コメント (0)

2008年11月06日

パスクアリーノ 事故!

シラクーサに短期語学留学をしている高見さんから2通の手紙が届く。
高見さんは医師でありながらイタリア大好きで イタリア語はペラペラ、
先日プーリアに家を購入、語学留学は不要かと思えるのだが・・・

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ムニロの常連でもある高見さんは既にパスクアリーノとは面識があり
シラクーサでは再会と言う形になった。

待ち合わせ場所にパスクアリーノが なかなか現れない。
暫くしてやってきた彼の車は 2本のタイヤがパンク、
ベコベコになった車に乗り込み、出発したのはいいのだが
2本のパンクしたタイヤで走ったせいで ついには車は動かなくなった。
途中車を乗り捨て パスクアリーノの自宅へ、
そこでマンマと3人でお食事。

マンマは今年の1月よりもさらに体力を落とし、パスクアリーノの
完全介護状態だったようだ。
”マンマを残してはどこにもいけないよ。”と寂しく笑っていたそうだ。

来年は2月にシェフとシチリアに渡航予定、
再会を楽しみにしている。

投稿者 muniro : 10:34 | コメント (0)

2008年09月30日

パスクアリーノ接触事故

イタリア人は会話をする時に必ず相手の顔を見て話す。
相手の表情や仕草もコミニケーションには大事なファクターであるのは
勿論間違えではなく、むしろ私たち日本人に欠けている部分だと思う。
聞き手が察するだけではなく 話し手がちゃんとアピールしなくちゃ。

但し 状況を考えてのこと。
イタリア人はパスクアリーノに限らず 車の運転中さえ、顔を見ながら
運転する。

シラクーサ市内を運転中での出来事。
ハンドルを握るパスクアリーノ、助手席に私、リアシートに簾内シェフが座る。
シラクーサ市内は道も狭く、信号もあまりないので、スピードはだせないが
飛ばす。車はスピードを出しながら会話は弾む。
助手席の私に話しかける時にはこちらに顔を向けてよく相手の目を
見ながら話す。そして、リアシートに座る簾内シェフと話す時は
後に180度振り向いて話す、勿論スピードはそのままで・・・・

そして、期待(?)通り、前を走るキャンピングカーを引っ張る車に
接触、相手の車は無残にもウィンカーがわれ、バンパーが曲がる。
が、相手はキャンピングカーを牽引しているせいか、シラクーサの
デコボコした路面のせいか気がつかない。そう、シラクーサの道路は
アスファルトではなく、エトナ山の溶岩でできた石を並べて作られているのだ。

相手が気づかない、”よし、逃げちゃえ!”、そう言うかと思ったが
違った、パスクアリーノはこう言ったのだ。
”おい、相手のナンバーをひかえろ、やつのせいで俺の車に
傷がついた、保険請求だ!”
前方不注意なんて言葉はきっと彼の中には存在しないんだろう。
唖然ととする律儀な日本人ふたりであった。

投稿者 muniro : 10:40

2008年09月09日

パスクアリーノから届いた葉書

パスクアリーノから いつもの絵葉書が届いた。
”いつもの”というのは 写真を大きく焼きましして葉書として使う。

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こんな具合だ。が今回のはこっている!!
裏返すと
みっちゃん 007.jpg
表と同じ写真が載っている。
”ラ・シチリア”というイタリアの新聞の切り抜きだ。
見出しには”日本人がシチリアと再婚!”
そしてパスクアリーノとノートのシェフ、ピエロさん、そして僕の写真。

要するにまた日本人が勉強に来たという事らしい。
こんなそんなで シラクーサでは以外に有名人なんです・・・・

投稿者 muniro : 16:41 | コメント (0)

2008年06月12日

パスクアリーノの携帯電話

この携帯には ワンタッチダイアルとか短縮ダイアルとか
ないのかな・・・・・・

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投稿者 muniro : 09:21 | コメント (0)

2008年01月12日

クリスマスカードが届く!

正月気分も吹き飛んだ今になって シチリアからカードが届く。
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まあイタリアの郵便事情を考慮すれば こんなものかと思う。

さて このカードの今回のポイントは 男性が料理しているイラストの横
この写真の真ん中の一番上に書いてある文字だ。
”Cucina Siciliana e Calabrese" 訳すとシチリアとカラブリア料理。
簾内シェフの修行先がカラブリアだった事を彼はキャッチしていた、
恐るべし、パスクアリーノの情報収集力!!!!

1月28日に、簾内シェフを連れて シチリアに行ってきます!
パスクアリーノに会うのを無邪気にとても楽しみにしているシェフ、
しかしこの私は地下組織の幹部をゲシュタポに密告し連行させるスパイの気分、
さて、何がおきるやら、乞うご期待なのだ。

投稿者 muniro : 10:57 | コメント (0)

2007年10月26日

今年は来ないのか!

”10月には”と言っていたパスクアリーノだが どうやら今年は来ないようだ。
来年の1月までのお楽しみ!

投稿者 muniro : 15:46 | コメント (0)

2007年10月07日

パスカリーノからまたまた葉書が届く。

パスカリーノからまたまた葉書が届く。
イタリア人てみんな筆まめなの? とイタリア人に聞いてみた。
”まさか!”と答えた、そうだろうな。

いつもの挨拶、そして 
”夏休みのアメリカはどうだった? またベースボールを見てきたんだろう?”
なんで知ってんだろう、恐るべきやつの情報網!

で、久しぶりに返事を書いた。

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投稿者 muniro : 11:22 | コメント (0)

2007年05月16日

パスクアリーノからのFAX

パスクアリーノから久しぶりにFAXが2枚届く。
一枚目の内容は うちの家族へのいつもの愛情タップリの挨拶、
そして マンマの怪我と病気の現状。
怪我は回復にむかっているが 時々舌がもつれるらしい。
パスクアリーノがいなくなるととても不安がるらしく
1時間が限界だと・・・ 本当に仲のよい親子だ。
パスクアリーノはいつも母親に優しくジェントルに接し
マンマは信頼しきって優しい目でいつも見ている。
(日本で言うと付き合い始めた若者カップルのよう)

そして2枚目はFAXはなんと医者の診断書。
提出の義務はないのだが、それよりも医学用語で読めない。
が実に彼らしい!

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その後 FAXがちゃんと着いたか電話がある。
ムニロのお客様に”あれ?今年は来ないの?”
とよく言われるんだよと伝えるととても嬉しそうに答えた。
”今年は 9月か10月に必ず行くからな!!!”
パスクアリーノの来襲は台風シーズンだ!
嵐の使者 パスクアリーノ!! 

投稿者 muniro : 10:05 | コメント (0)

2007年05月11日

マンマが大怪我

パスクアリーノのマンマが自宅前で転倒、
目の上を七ハリ縫う大怪我。
内出血もひどく、10日間の入院。
昨日やっと 退院できた。
パスクアリーノも心配で 家をあけられないとのこと。
それでも7月か9月には必ず行くからと連絡がありました。
"あれ、パスクアリーノ来てないの?”とよくお客様にも聞かれる。
それを伝えたら”うんうん”ととても嬉しそうでした。
この季節のムニロの風物詩になっているんだな・・・・・

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投稿者 muniro : 10:32 | コメント (0)

2007年04月07日

復活祭

復活祭とクリスマスには必ず電話とカードが届く。
私の母が体調を崩していると伝えると
”お互い母親が病気で大変だな、また連絡するけど
今年の日本行きは延期でもいい”
だけどチケット代がこれから高くなりけど・・・
”何を言ってる、俺たちは固い友情で結ばれたいる、
たかが100ユーロや200ユーロ関係ないだろ!!”

こういう大げさな言い回し、さすがイタリア人だなと感心しつつ
また、芝居がかってるなと思いつつも私も感激するのであった・・・
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投稿者 muniro : 14:51 | コメント (0)

2007年03月14日

マンマが大腸炎

ようこさんからメールがありました。
マンマが大腸炎を患い 検査入院とのこと。

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一日も早い回復をお祈りします。

投稿者 muniro : 11:11 | コメント (0)

2007年01月25日

出発前に・・・・

パスクアリーノからFAXが届く。
内容は
お前たちが来るのを首を長くして待っている。
こちらは 連日気温は20度、とても暖かい。
行きたいリクエストはあるか?案内するよ。
ところで お前の息子は今回何故来ない?
ガールフレンドができて 婚約でもしたのか?

というものだった。
そこで千葉さんが電話で”反抗期で親とは行きたがらないんだ。”
と説明を試みた。ところが千葉さん曰く 上手く説明できなかった。
理由その1
イタリア語で反抗期という言葉がなく、親には絶対服従が当たり前なのだ。
理由その2
仮にその単語があっても 63歳までママ大好きの彼を
納得させることはできない。

ふーん、確かにイタリア映画でささくれた息子がでてくることないな。
”若者のすべて”のあの長男でさえママには逆らわなかった。

さて、出発前に ようこさんが壮行会を兼ねて 来店してくれる。
そんなに危険な所に行くのか、重要なミッションなのか。
でもやっと 奴と再会するんだと言う実感が湧いてきた。

投稿者 muniro : 10:19 | コメント (0)

2006年12月08日

そろそろクリスマス

クリスマスの季節になりました。
営業中の忙しい中、毎年この季節に電話をくれるパスクアリーノ。
今年は早々にカードを送りました。
夏に彼の所にいったようこさんは
私のアドバイスに従い カッパえびせんをプレゼントに送ったようです。

そういえば 先日 イタリア調理師協会のミーティングの時
ピアットスズキの鈴木さんにお会いした嵯峨山シェフ、
鈴木さんはパスクアリーノに出す手紙はすべて日本語で書くそうです。
送ったという事実があれば 内容は必要ないとのこと。
さすが、パスクアリーノと上手く付き合う方法分かってらっしゃる!!!
気楽な気持ちで書きゃいいんだ!少し気が楽になりました。

投稿者 muniro : 10:33 | コメント (0)

2006年10月16日

パスクアリーノからまた手紙届く!

私はイタリア語を正式に勉強したことはなく
読み書きなどまったくできない、のだが彼からの手紙をわかるのだ。

お前のことをいつも思っている。
手紙もお前にはたくさん書いたし、FAXも送ったし、写真も送った。
だが、なぜお前は返事をよこさない!!
たまには手紙を書いてくれ! との内容と推測できる。
そこで早速返事を書いた。
来年1月、また シチリアに行くんだし、その時にまた世話になる、
4月には2ヶ月間我が家に滞在する。
とりあえず、あたりさわりなく
”僕もいつもあなたを思っている、また近いうちに
会いましょう、シチリアには1月にいくよ”
英語で返事を書く。誰かが訳してくれるだろうから・・

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いつもの写真をはがきに使う彼の手法。

投稿者 muniro : 08:21 | コメント (0)

2006年10月03日

パスクアリーノが持ち込んだ食後酒

今回パスカリーノが持ち込んできた食後酒は
レモンチェッロ 3本、カルッバ(いなごまめのリキュール)3本
オレンジチッェロ 2本、マンダリンチェッロ 2本、
シナモンチッェロ 2本、トータル 12本 だ。
さぞかし重かっただろうし、イタリアからこれだけの お酒を
持ち出すことが可能だったのか 多分彼は調べもしないし
知る必要がないのだろう。しかも、金額の明細をよこし
これだけのお金をくれ という。頼んでもいないし、払う必要もない
とも思った。イタリア人は友達でもうかうかしているとだまされると聞いたが
これはそれか、フムフムと独り言をいう。
こんなマニアックな食後酒日本で見たことないし、いらないというのも
可愛そうなので 買ってやることにした。
”1ユーロ 100円だから この金額だぞ”と言って日本円で提示、
”OK!”と子供のように嬉しそう。
よしよし 安く買えたぞ、しめしめと思っていた。
後日、彼と飲んでいた時こう言った。
”あの食後酒は友人が作っていて 物凄く安く買った、ほとんどタダだ。”

負けた・・・・1ユーロ80円と言おうと思ったが やつには
親切心は無用だった、悔しい!!

というこうで ムニロにはパスクアリーノが持ち込んだ
食後酒、たくさんあります!!!

投稿者 muniro : 10:54 | コメント (0)

2006年09月20日

パスクアリーノの運転

ようこさんの依頼でノートまで観光したときの話。
パスクアリーノの運転、助手席にようこさん、後のシートにマンマ。
意気揚々と出発するが、途中、エンジンの調子が変。
なんと、ガス欠寸前、車を止めて 歩いている人にガソリンスタンドは
どこか聞くと、10キロ先だという。
パスクアリーノ、絶体絶命!ところが、そんなことに めげる彼ではなかった。
ノートまでは険しい山道なのだが、登り坂の時にエンジンをかけ
山を登り、下りはエンジンを切り、止まりそうになるまで 走る、
そして また エンジンをかけ 坂を上るという荒業!!
ちなみに車って エンジンを切ると ブレーキは効かないし
パワーステアリングもきかないから 物凄く危険!!
こんなこと日本じゃありえないよ!と思っていたら
嵯峨山シェフが”ナポリで修行していた時 みんなやっていましたよ、
歩いていると後ろから音もなく来るから結構怖いんです。”
そんなもんなのか!!
最後に 千葉さんの一言。
”イタリアで 車に ガソリン満タンなんていうと 馬鹿にされる。
少しずついれるから そんなこともありますよ。”
パスクアリーノのやったことに 間違ったリアクションをしたのは私だけ!
まだまだ 修行不足の未熟者、もっと深くイタリアを勉強しなくちゃ。

投稿者 muniro : 08:43 | コメント (0)

2006年09月12日

ようこさん ムニロへ来店。

帰国後、パスクアリーノに私宛に託した荷物をたくさん携えて
ようこさんが来てくれた。その荷物というのも 写真と自分の
パンフレット、こんなに書類を持たされ、かわいそうだ。
しかも”次はピアット スズキに 行かなければならないんです。”
同じように写真とパンフレットを届けるのだと言う。
たぶん、スーツケースの4分の1を占める量だ。
日本に来る時にスーツケースにシチリアのそこらへんの石に
サインをしてたくさん持ってくる男には書類の重さなど楽勝なのだ。

”最後は怒鳴りあいの大ゲンカをして帰ってきました!”
さすがの 大和撫子のようこさんも切れたのだった。
というのも、ナポリで 引ったくりにあい、落ち込んで
パスクアリーノに何度も 電話をしたが、不在で連絡を取れなかった。
やっと連絡を取れ、ナポリでの災難を報告したときに
”まず なぜ 俺のいない時に電話をかけるんだ!!
お前はいつごろ電話をすればいいか判っている筈だ!
それに お前はチャラチャラしているからそういう目にあうんだ!!”

”なにー、チャラチャラだと!!”ということで 戦闘は開始されたのだ。
みなさん、パスクアリーノと渡り合うのがどんなに大変か判っていただけましたか?


投稿者 muniro : 10:40 | コメント (0)

2006年09月05日

パスクアリーノから手紙。

ようこさんが彼を訪れたせいか、いつもの手紙が
久しぶりに届く。
この”いつもの”なのだが、それは 写真をはがきのサイズ
に焼き増しし、その裏に 切手をはり 文字を書くという荒業である。
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「俺が行けば いつも 一番安い価格で どんな大きさにもしてくれるんだ」
と言っていたパスクアリーノの横で眉間にシワをよせ、引きつっていた
シラクーサの写真屋店主の顔を忘れない。

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裏はこんな感じ。赤と青とグリーンのボールペンで
色鮮やかだ。うちに泊まっていたときも デパ地下の食品売り場から
大量にせしめてきた 文明堂のカステラのポストカードに
朝早くから 椅子にすわり、足をぶらぶらさせながら
小学生の様に 一心不乱に 文字を書き込む彼の姿を思い出す。

内容は
親愛なるさゆり
ムニロで撮ったこの美しい写真を送る。
2006年5月にきらびやかで盛大な 3回目の私の
デモンストレーションがおこなわれたが
みんなのとても温かい気持ちに感謝する。
子供たちと まさみにもよろしく。

うーん、またあの毒にやられたくなってきた!!
1月には また、スタッフ連れて行くぞ!!
待っていろ、パスクアリーノ!!!

投稿者 muniro : 11:08 | コメント (0)

2006年08月30日

ようこさんからのメール第二報

翌朝、パスクワリーノがくどい位に説明してくれた通りのバスに乗り、JONICO へ。
挨拶してパスクワリーノが書いてくれた招待状を出すと、すぐにパラソルを用意して
くれました。自慢するだけあって、本当に透明度の高い青い海!日焼けはイヤだけど、
海は大好き!迷わずザンブリと海へ。あまりのキレイさに水中を覗きたくなって、近
くの子供にゴーグルを借り、潜る(笑)

予定よりも1時間ほど遅れてパスクワリーノがやってきた。私は海を満喫して御満悦
だったけど「思ったより時間がかかった!」と申し訳なさそう・・。

ランチに私は小エビのリゾット、パスクワリーノはウニのスパゲッティ。出て来たウ
ニのスパゲッティがあまりに美味しそうなんで、「味見させて~!」と言うと、「あぁ
、食え、食え!」と分けてくれた。ウニの香りが鼻に抜けて、「お~いし~い!!」
と悶絶する私を見て更に「食え、食え!」結局半分は私が食べた(笑)

セコンドにマグロのナントカ。「・・・」と食べる私に「どうだ?」と聞く。・・・
言っていいんだろうか・・・「なんだかパサパサしてるんだけど」(言っちゃった!)
一瞬間があって「あぁ~、オマエらはトロを食うからな!ここじゃトロは使わん。全
部捨てるんだ」大塚さん、知ってました?トロを捨てるなんて・・!私はワサビと酢
飯持参で魚市場に行きたいですよ!!北京ダックの皮だけ食べて肉は食べないような
もんなんでしょうか??

「しかし日本のトロはバカ高いよなぁ・・」と春に来日した時の事を思い出し、語り
始める。いかに自分がセレブな接待を受けたか、オマエが驚くような場所にも行った
ゾ・・高級料亭もな・・。そんな彼に’よくある’質問をしてみた。「日本料理から
学ぶ所はあった?」サックリ答えてくれました。『無い』・・!!!!無いですと~!
予期せぬ答えに目が点の私に「あ~、でも日本料理の見せ方は素晴らしいな。アレは
勉強になった」「味は、味!」『無い』
その時私の頭にうかんだのは鎖国時代に花開いた江戸文化・・・パスクワリーノはこ
れでいいのだ・・・人間鎖国状態。香高きシチリアの味を守って下さい。グローバル
な味はそれを目指す方に任せましょう・・。

↑とでも考えないと納得いきませんよね!
こ~んなパスクワリーノが興奮気味に語っていた日本の物、それは『氷』
「どうやったらあんなクリスタルみたいな透明な氷が作れるんだ!あんなのはここに
は無い!」・・え~~っと・・あれって窒素を充填するんでしたっけ?大塚さん、教
えてあげて下さい。久し振りに会ったお弟子さんにも「日本の氷はなぁ・・・」と語っ
ていましたヨ(笑)


客観的に読むと 確かにパスクアリーノネタは面白い。
だけど 以外に本人はパツンパツンのいっぱいいっぱい
だったりします。でも、ようこさんは本当に楽しんでいるよう・・・・

投稿者 muniro : 15:57 | コメント (0)

2006年08月26日

ようこさんから帰国の一報!!!

久しぶりのパスクアリーノのネタ。
パスクアリーノの所へ 遊びに行っていたようこさんから
こんなメールを頂きました。


こんばんは。先日無事帰国いたしました。
パスクワリーノとの4日間、想像以上に楽しかったです!

1日目
パレルモからのバスが少し遅れてシラクーサに到着。パスクワリーノどこかなぁ、と
窓から探すと、広場をウロウロしてる見覚えのある頭頂部!(笑)”遅い・・”と気
を揉んでいるのが良くわかりました!

夜のシラクーサは何とも幻想的で、ぼんわりと照らされた町並みに思わず見とれてし
まいました。「いろんな街を見たけど、こんなのは初めてだわ・・」と言うと「そう
だろう、そうだろう」と満足げなパスクワリーノ。

その街中を車は進み、パスクワリーノの自宅へ。マンマに挨拶をし、早速手料理を振
る舞ってくれるというので、ワクワク♪そして同時に撮影大会始まる!”YOKO,ここ
から撮れ!鍋の中も見えるようにな!””もっと皿を上に!”そして90ウン歳のマ
ンマにもカメラを持たせ、指示を出す。写真好きとは聞いていたけど、ここまでとは・
・。
当然この撮影大会は4日間休み無く続く・・!

美味しい食事の後はホテルに送ってもらう前にJONICOへ。ホントに海に突き出した様
に佇んでいて、何ともロマンチックな眺めでした。このパノラマと波の音もごちそう
ですよね・・。そしてここに噂のソラリウムがあるのですね~。
「明日の午前中はどうしても病院に行かなくてはならないから、ここでゆっくり楽し
んでてくれ。パラソルと飲み物用意するように言っておくから!で、昼はJONICOで食
おう!」・・かくして翌日はいよいよシチリアの太陽の洗礼を受ける事に。しかし、
幸せなお話ではありませんか!庶民が味わったプチセレブ気分でした(笑)

ネタはまだまだ尽きないので、またご報告しますね。


お疲れ様でした、ようこさん。
やつがいると 思い出がたくさんできて 良くも悪くも 濃く
シチリアを堪能できます!!!

投稿者 muniro : 14:35 | コメント (0)

2006年07月25日

こんな メールを頂きました。

こんばんは!
先程パスクアリーノと連絡取れました!
JONICOにfaxを送ったのですが、返事がないのでもう一度電話をしたら、本人が出ま
した。電話の向こう側で大声で”Ascolta,!"と何度も叫び(笑)
”Faxの調子が悪くて送れなかったから、今読むぞ!”と言って大声で読み上げてく
れました。(送れなかった理由はパスクアリーノが最後の1ケタを忘れていたと判明、
5分後に読み上げたのと同じ内容のFaxが送られて来ました)

いいか、水着を忘れるなよ!Jonicoには立派なSolariumがあるからな!”
ひ、ひぇ~、日焼けですか!来日数回のパスクワリーノも日本の「美白命」事情は知
らないようで・・。
そして当然別荘に泊まると思い込んでいる彼に「Masami(失礼!m(..)mこう言うのが
一番通じると思い・・)がいいホテルを紹介してくれたから!」と説明し、、、

帰国したらMUNIROにゆっくり伺います!きっと日焼けして真っ黒ですよ、ワタシ・・。

では行って来ます!大塚さんも良い夏をお過ごし下さい♪


パスクアリーノに振り回されるシチリアは素敵です。
土産話が楽しみです。

投稿者 muniro : 15:51 | コメント (0)

2006年07月14日

いよいよ帰国 その3

高速道路は空いていた。
途中、ディズニーランドの横を通過するとき
「あそこ、楽しかったな。」とつぶやく。少しさびしそうだ。

空港には キッチリ2時間前に着く。
明日は成田国際空港第1旅客ターミナル南ウィングのオープン。
工事も仕上げの段階のようだ。しかし まさかこんなおっさんの見送りが
初めてとはちょっとつらい。

”この車寄せでパスクアリーノと荷物を降ろして 
すぐ東京に戻ればまだランチ間に合うな”と考えていると
「マザミ!!早くパーキングいれてこい!! 中で待っているぞ!!」
甘い計画は無残にも 打ち砕かれた。
が、その時には あの荷物をどうチェックインするのかに興味があり
彼の指示に従う。

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バッグ6個 総重量 60キロ超!

エコノミーの場合はたしか20キロまで。
空港のロビーの椅子に座り、10分ほど考えている。
たぶん シュミレートしているのだ。
意を決し、立ち上がり私にこう言う。
「日本語を話せない。」とローマ字でこの紙に書いてくれ。」
そして「アナセナイ・・・アナセナイ・・・」と復唱する。
イタリア語のHは発音しないのだ。
”おっ、以外にも正攻法だな・・・・”
「マザミ、チェックインしてくるから そこで待っていてくれ!」
ついに 出撃!!
空いているカウンターに滑り込む。
荷重オーバーの超過料金やら 手荷物の個数やらの説明にも
「アナセナイ・・アナセナイ・・・ シチリアから来たから解らない」
パスクアリーノの後方に長い行列ができる。
それでも「アナセナイ・・・アナセナイ・・・」
時折 機関銃のようなイタリア語を交えながら
緩急をつけた見事な攻撃だ。
日本人のカウンター係員は後の長い行列を気にし始める。

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ほぼ中央の白いシャツを着たのがネゴシエーター”パスクアリーノ”

そして 最後はもちろんパスクアリーノの勝ち!!
ストレートとチェンジアップで見事に粘る相手を三振に撃ち取る。
振り返り、私のところに戻ってくるときに小さくガッツポーズをする。
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「マザミ、世話になった。来年もいくからな。
冬にはまたシチリア来るんだろう?」
もちろん行くよと答える。
抱擁と両頬にキスをする。
それからおもむろに 彼は自分の腕から時計をはずす。
「わたしが大事にしている時計だ。いろいろありがとう!」
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時計を私の腕につけてくれる。
そして 笑顔で手を振りながら ゲートに向かった。

今回のパスクアリーノとの時間はとても濃かった。
時間が長かったのもあるが、辞書片手にけんかもしいいたいことを言える中になった。
私の人生でも大事な時間だったと今は思う。

投稿者 muniro : 10:06 | コメント (0)

2006年07月11日

パスクアリーノとの最後の夜 その2

さて、早速 ピッツェリアに到着。
飲み物をそれぞれ注文、前菜を3皿とピッツァもそれぞれオーダーする。

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真剣な眼差しでメニューを見るパスクアリーノ。
「俺はこのピザに生ハムをのせてくれ。」
相変わらず、細かいのだ。
そして談笑、この滞在中1ヶ月の話を始める。
喧嘩もしたが それがかえって前よりもいい関係を築けた。
「予約したけど 他のお客はゼロだから 貸切みたいだ。」
パスクアリーノといっしょの時は 貸切がいいに決まっているのだ。
前菜をつまみながら お酒も入り、徐々に盛り上がる。
が、30分経っても ピザが出てこない。
2時間待ったが 6枚のオーダーのうち3枚しか出てこない。
イタリアではピザは一人一枚は当たり前。シエアはしないのだ。
しかし、パスクアリーノのピザはまだだ。
だんだん彼の形相が変わってくる。
ホールの係の人に怒鳴る。
「この店には他に客がいないのになぜこんなに時間がかかるんだ!!」

「実は釜の調子が悪くてピザがうまく焼けないんです。」
ピザの釜が調子悪く 30分に1枚しか焼けないとのこと。
これを聞いて パスクアリーノ切れる。
「ピザは釜にいれて3分で焼ける。何故30分かかるんだ!!」
「予約してきたんだぞ、何故 先にそれを言わない!!!」
「お前のお店はおかしい!!!」
怒鳴る 怒鳴る 怒鳴る。

この怒っている時に パスクアリーノのピザが焼けて テーブルに届く。
「いらない、食べたくない!!下げてくれ!!」
このタイミング、火に油を注ぐとはこのことか・・・・・・・

まだ クレームを言い続ける。
「こんな店にいたくない、帰ろう。」
彼は お腹を空かしたまま 店を出る。

お店を出ると 彼は笑っている。
「まあ こんなこともあるよ。」
彼は真剣に怒っていたのではない。
パスクアリーノ来日 026.jpg

パスクアリーノは今日の送別会を楽しみにしていた。
夕食も抜いて お腹ペコペコのはずなのだが
「人生はこんなもんだよ。」と さっぱりしている。
なんかパスクアリーノのチャーミングな魅力をまた見つけたような気がした。


投稿者 muniro : 15:07 | コメント (0)

2006年07月06日

パスクアリーノとの最後の夜 その1

明日帰国するという日に 閉店後 パスクアリーノが スタッフを
集めて話がしたいという。
「ここムニロで 一緒に料理を作ってくれたことをとても嬉しく思う。」
「みんなが協力して私の料理を作ってくれたことを感謝する。」
「嵯峨山シェフ、コバ、優、トシに出会えて、一緒に働けて楽しかった。」

改めて 劇的に こんな風に話をするパスクアリーノはさすが、イタリア人、
ちょっと芝居がかっている、と思いながらも 感動的である。
コバの目に光るものが・・・

それから、彼は自分のコックコートから シチリアの形をして勲章をはずし
嵯峨山シェフのコックコートにつける。
そして 抱擁と握手。
パスクアリーノ来日 020.jpg

そして 記念写真。
パスクア.jpg

パス.jpg

パ25.jpg

その後、最後のお別れ会をするために 三宿のピッツェリアを
予約、ピザを食べながら 語り合おうということになった。
しかし、それは 大きな間違いだった。   
                       つづく


投稿者 muniro : 09:51 | コメント (0)

2006年06月27日

渋谷八公前の交差点

パスクアリーノを連れて イタリア人が営むワイン輸入会社へ遊びに行く。
ここの社長はダヴィデ、カンパーニァ出身、取締 サヴィーノ、プーリア出身。
davino.jpg

南イタリア3人組、なかなか気が合う。
その中で、渋谷八公前の交差点の話題がでる。
パスクアリーノは あのスクランブル交差点が怖くて
10分ほど動けずにいたことがあるのだ。
「どこをどう渡っていいか判らない。」
「そうそう、ぼくは気分が悪くなって帰った。」
「だいたい 人間が右に左に自由に動けるなんて
サッカーのフィールドぐらいだ。」
と、3人は盛り上がる。
あの交差点の人の動きをサッカーにたとえるとは さすがイタリア!

電車の中の日本人も面白いらしく、
「昼はみんなみんな(ここを強調)携帯でメールを打ち
夜はみんな 寝ている。」

われわれには見慣れた日常にも 興味津々なのだ。

投稿者 muniro : 10:21 | コメント (0)

2006年06月22日

パスクァリーノ、ディズニーシーへ行く。

何と似合わないことか、デイズニーシーへ連れて行った。
あのイタリアっぽい雰囲気には 満足している様子だったが
思ったより 喜んでいなかった。
イタリア人にはこの人工的に造られた物にはあまり感動がない様子。
パリのディズニーランドも風前の灯とは聞いたが
なるほど、そういうことだったのか!!

ここで一番気に入ったのはこれ!
q.jpg
この大きな地球。
「シチリアが来たら写真を撮れ!」

絶叫マシンや乗り物よりも ベンチに座って
歩いている人たちの”マンウオッチング”。
「あの若者のジーンズは破けているが金がないのか」
スカートの下にジーンズをはいている女性をみると 大笑い。
「こんな格好は日本だけだ!」
女性の日傘にも、
「日本のオリジナルだ!!」

それでも 最後の音楽と花火のショーには
「美しい!!」を連発。
それには 満足してもらえたようだ。

彼といると 同じ物でも全く違う見方をするからためになる。
ディズニーシーで大暴れするのかと思ったのだが
おとなしく退散するのであった。

パスクアリーノdisuny.jpg


投稿者 muniro : 10:50 | コメント (0)

2006年06月15日

小学校の運動会

私の娘の小学校の運動会にパスクアリーノを連れて行く。
さすがに 1ヶ月以上滞在をしていると けっこう有名人だ。
小学生に「チャオ!」と話しかけられている。
私も知らない20才前後の女性に挨拶をされている。
”たいしたものだ、このおっさん”
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彼の”友達”の小学生が出場すると 立ち上がり声援を送る。
すっかり 下北沢の住人だ。
こうやって どこでも楽しめるパスクアリーノには まだまだ学ばなければ
ならないところがたくさんある。

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投稿者 muniro : 22:08 | コメント (0)

2006年06月07日

中野のイタリアン ラビーで大暴れ!!

レストランを抜け出し 2人で近所のイタリアン、ラビーへ。
ここのレストランのオーナーとは 友人でもあり、
ムニロにも度々足を運んで頂いている。
しかも 感じのいい女性なのだ。
オーダーを済ませ、オーナーと雑談。
是非、パスクアリーノの料理を食べてみたいとのこと。
ここは 熱血イタリアーノ、美人からの要望は二つ返事だ。
ruby.jpg


早速、厨房へ。
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パスクアリーノ来日 005.jpg

チーズは何がある? トマトソースは? ナスは?
次から次から 命令をだし、それに振り回されるスタッフ。

パスクアリーノ来日 009.jpg
そして出来上がったのが ナスのトマトソースのスパゲティー、ノルマ風。
このパスタは その日のお客様へ 振舞われる。

パスクアリーノ来日 014.jpg
そして 私たちもディナー。
ラビーの皆様、お客様、どうもありがとうございました。

投稿者 muniro : 20:15 | コメント (0)

2006年05月31日

ボランティア現る!!!

以前、ここの日記で ボランティアを急募したところ現れた。
もちろん イタリア語は堪能、イタリア人シェフのアテンドの仕事
をしていらした、本田さん。
パスクアリーノもシャワーを浴び、スーツに着替え、楽しみにしていた。

新宿の高島屋へ。本田さんいわく
”デパ地下で ワイン、生ハム、パスタ、お肉、デザートすべて
試食していました。 きっと お腹いっぱいですよ。”
やっぱり デパ地下か!!

パスクアリーノは 女性の前では 紳士だ。
”女性のあなたに送らせるのは心苦しい。一人で帰れます。”
新宿で 本田さんとは別れたのだが 2時間経っても戻らない。
30分あれば 十分なはずだが・・・・・

パスクアリーノは 笹塚で降りられず、代田橋で降りて
うろうろ歩いていたらしい。
お店に戻ったときは ヘロヘロだった。

本田さんから 謝罪の電話がある。
「やはり お送りするべきでした、ごめんなさい。」
いいえ、大丈夫です、ご心配なく。
「それよりも パスクアリーノさん、強烈ですね。
1ヶ月以上も面倒を見て、大変ですね、苦労がわかりました。」
こう言われた時に私は不覚にも心を大きく揺れ動かされた。
そう、うつ病患者が精神科医の先生に
「いままで よくがんばってきたね。」と言われて
泣き崩れるように・・・・
理解してくれる人がいる、私は一人ではない、
帰国まで がんばれる。
そうだ、もっと気楽にやろう!

投稿者 muniro : 00:16 | コメント (0)

2006年05月28日

プラネタ ワインセミナーへ行く。その2の巻

さて 私たちが到着した時にはすでに セミナーは始まっていた。
壇上には、プラネタ氏と通訳の女性が説明をしている。
「冬の間の降雨量で シチリアワインの出来がきまるのです。・・・・」
隣の席でパスクアリーノは 幼稚園児のように
カバンから色鉛筆を出して カラフルな手紙を書いている。
どうやら プラネタ氏に渡す手紙のようだ。
内容は もちろん想像つく。
”シチリア、シラクーサのオーナーシェフでヨハネ・パウロにも
食べていただき、ECの世界会議でも腕を振るったこの私は・・・・”

しかしながら このセミナーで大人しくしてくれているのは
とりあえず いい事だ、と思っていると、彼は動き始めた。

カメラを片手に 会場をうろうろし始める。
ステージの一番前に行き プラネタ氏を撮る。
近くにいる人を捕まえて カメラを渡し、壇上で説明する
プラネタ氏をバックに写真を撮らせる。

planeta.jpg

怪しくなってきた。と感じていたらちょうどお開きになった。
「是非、最後に プラネタ氏とお話をしたい方は・・・・」
日本語は解らないはずのパスクアリーノの動きが
いきなりトップギアに入り 機敏にステージ壇上まで直行。

これは何かしでかすぞ・・・・
先ほどの手紙を手渡し 話始める。
私にカメラを黙って渡す。”撮れ”ということなのだ。
周りには プラネタ氏と話がしたい人たち輪になっている。
今度は撮ってやるから カメラをよこせ。
パスクアリーノ来日 015.jpg

さて、これで満足してくれただろう、
「さあ、帰ろう!」と先に歩き始めふと、振り返ると
壇上のディスプレイで飾ってあったワインを1本持ってきて
「ムニロへとサインしてくれ!!」と頼んでいる。
「だめだ、パスクアリーノ!!そのワインは・・・・・・・」
時すでに遅し、プラネタ氏はサインをしてしまった。

プラネタ氏直筆のプラネタ・シャルドネ。
日欧商事の方々に”弁償します”と、ペコペコ頭を下げる私、
”これじゃ売り物にならないだろう、このワイン持って帰るぞ”
とパスクアリーノ。

とりあえず、後日ということで 平身低頭でパスクアリーノを
引きずるように帰ってきた。
後悔先に立たず、恥ずかしいやら、情けないやら・・・・
怒りを通り越して、あきらめに・・・・・

数日後、日欧商事の鎌田さんがそのワインを持ってきた。
「記念にどうぞ、お金は結構です・・・・」
その時パスクアリーノは 私にウインクをした。
こうなることを予測していたかのように・・・・


投稿者 muniro : 17:54 | コメント (0)

2006年05月25日

プラネタ ワインセミナーへ行く。前哨戦の巻

シチリアワインのトップブランド プラネタ。
シチリア固有の葡萄品種の認知度を高め、また
シチリア独自の自然環境に国際品種の葡萄を
適応させ、シチリアのプラネタと言えば世界に名をとどろかせる。
プラネタのワインメーカー、アレッシオ・プラネタ氏が初来日をした。
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ワインセミナーの招待状を持ってきてくれた 日欧商事の鎌田さん、
「よければ パスクアリーノさんもご一緒にどうぞ!」
その誘いは 危険な香りがする・・・・・
「アレッシオ・プラネタの親父は俺の友達だ!」

さて 当日、実はパスクアリーノフェアの仕込みで厨房内大忙し。
朝早くからスタッフに混じって包丁片手にランニングシャツで
仕込みをしている。
「プラネタのセミナーには、行かない、仕込みがあるから!!」
と、張り切っている。
張り切るのはいいのだが、”あれをしろ、これを持って来い、それをとれ”
パスクアリーノに引っ掻き回され、仕込みがはかどらない。
そのうち、嵯峨山シェフに
”後の仕込みは引き受けました、パスクアリーノをプラネタのところへ
連れてってあげて下さい”と言われる。
「後は頼んだぞ、サガ!!(嵯峨山シェフの事)」
パスクアリーノはマエストロだから 命令は口うるさくする。
ご機嫌にスーツに着替えたパスクアリーノ。
だが、その後とんでもない事をしでかすのであった。
                           


投稿者 muniro : 09:07 | コメント (0)

2006年05月19日

パスクアリーノから持ってきたパン

今回 彼は 不思議なパンをシチリアから持ってきた。

パスクアリーノ来日 005.jpg

写真では よく判らないのだが
少し固めのデニッシュのようなパンなのだが
それに 卵がついている、というか 埋め込んである。
それは ゆで卵、しかも殻つきなのだ。

パスクアリーノ来日 006.jpg

どうやって食べるのか、やはり パンから 卵を取り出し
殻を割って パンと食べるのか・・・・・
よくある喫茶店のモーニングセット、
卵+トーストのイタリアバージョンといったところだ。

嵯峨山シェフに見せたところ、イタリアの復活祭の時に
食べるそうだ。

ミラノあたりのバールで スポーツ新聞を片手に
食べているサラリーマンを勝手に想像してほくそ笑んでしまった。

投稿者 muniro : 18:59 | コメント (0)

2006年05月18日

パスクアリーノ デパートへ行くの巻

新宿 伊勢丹へ 行く。
前回、新宿高島屋へ 連れて行ったときも
大喜びだったので、また デパートへ。
彼のお気に入りはもちろん 地下食品売り場。
去年、高島屋へ行った時は
「ここは 宝石売り場か!!!」
と内装の豪華さに驚いていた。
さすがに 今回はそんなことは もう言わなかったが
ケーキを買うとその包みにひどく感動していた。
「シチリアでは宝石を買ってもこんなにきれいな包装はしてくれない。」
といたく感動。
後は 試食、試飲できるものを 次々 クリアして行く。
生ハム、ワイン、パン、ビスケット。
そして 早速 パスクアリーノはカメラを取り出し
写真を撮り始める、と すぐに 伊勢丹の社員が飛んでくる。
「店内での撮影はお断りしています!!
外のショーウィンドーならOKです。」
なにー!!とパスクアリーノの顔色が変わる。
「ここは フィレンツェの美術館か!!!!」
それから デパート内でケーキ作りをしている 大きなマスクをして
髪の毛がはいらないように白い頭巾を被っている店員を指差し
「それとも 病院か!!!」
まずい!! 早速 退散。
逃げるように 帰宅、ふー、ため息がもれる。今日も疲れた・・・

デパート内で撮った写真です。
パスクアリーノ来日 009.jpg
デパートの皆様 ご迷惑をおかけしました。

投稿者 muniro : 10:34 | コメント (0)

2006年05月06日

パスクアリーノは5月8日までいません。

昨日は東京に来て初めての大げんか。
わがままにもほどがある。ということで 辞書を片手にいいたいことを言い合う。
”偉大なるこのパスクアリーノは ・・・・”という態度のうんざりする。
(本当に自分のことをそう言うのだ)
当のパスクアリーノはいじけ、レストランの隅で一点を見つめ2時間ぐらい動かない。
その後、怒りすぎて疲れたから・・・と一人部屋に戻る。

しかし翌日には 何もなかったかのように”チャオ!!”
元気いっぱいなのだ。いいたいことを言い合い、すぐに忘れる。
これぞ シチリア人、パスクアリーノ。

西麻布の”ピアット スズキ”のオーナーシェフ鈴木さんが 彼をピックアップに来る。
鈴木さんは 彼との付き合いも長く 操縦方法を熟知していらっしゃる。
”彼の言うことを理解しようとはしないで 適当に流すんです。”
”ほっとけばいいんです、彼は適当に楽しんでいますから”
2人の様子を見ていても一方的にしゃべるパスクアリーノ、
ただ 黙ってうなずくだけの鈴木さん。 これか!!!
”それでも昨年、彼を大相撲を見に連れて行ったとき カメラを片手に土俵に上がろうとして
警備員に取り押さえられて連れ去られた時はさすがの他人の振りをしました。”

投稿者 muniro : 08:42 | コメント (0)

2006年05月05日

パスクアリーノにへとへと。

日本に来て 8日目。
すっかり慣れてきて 周囲を振り回す。
レストランの営業中に”写真を撮るから並べ!”
とにかくわがままし放題。
彼の後処理係が一人とられる。

どなたか ボランティア求む!!

投稿者 muniro : 10:27 | コメント (0)

2006年05月04日

パシクアリーノ来日お食事会の巻

日本橋の”コルレオーネ”というシチリアレストランでお食事会。

パスクアリーノ来日 014.jpg
パスカリーノと ドン・コルレオーネこと山口さんと私。

この山口さん、かなり濃いひとなのだ。
そして ムニロ代表 優、この濃い2人はいい勝負なのだ。
パスクアリーノ来日 013.jpg
日本人とは思えない、ラテン系。

今回のメンバーは ムニロスタッフ一同と千葉さん夫婦、そしてパスクアリーノ。
前菜の盛り合わせからはじまり、ピッツァ、パスタ、メイン、ドルチェ、コーヒー。
パスクアリーノ来日 011.jpg
今回はレモンとエビのピッツァがとても気に入った。
しかし 食事に夢中で写真を撮り忘れる。

さて、今回は千葉さんの話が面白かった。
それは 差別的な話になるのだが。
千葉さんはミラノで子供時代を過ごした、そのときの話。
まわりの人間に”シチリア人とは 口を聞くな”
”ミラノでは子供を誘拐するが、シチリアでは犬も誘拐する”
それはここには書けないほど。
それほどの差別があったのか・・・・
”シチリアに来るときは ミラノ経由ではなく ローマ経由でこい。”
そういうパスクアリーノの言葉が わかった気がした。

映画”ニューシネマパラダイス”の中で
ナポリ人が宝くじを当てて大金を手にするのだがその時
”得をするのは いつも北の人間だ”というセリフがある。
ナポリを北と表現するところは
シチリア人にとって 皮肉を込めており
イタリア人にとって 大笑いをするシーンだったのだ。

投稿者 muniro : 15:17 | コメント (0)

2006年05月02日

パスカリーノ来日、到着編

土曜日に遂にやって来た。
新宿までエアポートリムジンで来るはずだったのだが
”渋谷セルリアンタワー行きのバスで行くから 迎えに来い”との電話。
久しぶりの再会に渋谷まで 急いで出かける。
セルリアンタワーのエアポートリムジン乗り場に到着、
誰もいない、ちょっと早かったかな。
エアポートリムジンのスタッフに尋ねると
”もう 到着しましたよ”
どこにいるんだ?パスカリーノ!!
ウロウロしていると むこうから 白い看板を持った
東急セルリアンホテルの看板を持ったホテルマンが歩いてくる。
白い看板には”オオツカサマ”。
名乗り出て、そのホテルマンに案内されついていく。
エスカレーターに乗りしばらく歩くと そこはホテルのロビー。
そのホテルのロビー前のソファにデーンと座っている。
”マザミ!!”キスと抱擁。

パスクアリーノ来日 001.jpg

その半径2メートル以内にホテルマン4人。
2人はパスクアリーノの4つの荷物を持たされている。
平身低頭でその場を切り抜けようとするが
”荷物を車まで運んでくれ!”
冗談ではなく パスクアリーノの旅行カバンは
驚くほど重いのだ。
ホテルマンのサービス精神には感動した。
しかし パスクアリーノ、遂にやってきたな、
最初から飛ばすなー、という感じであった。

投稿者 muniro : 08:43 | コメント (0)

2006年04月16日

パスクアリーノから届いたFAX

パスクアリーノからFAXが 3枚届いた。

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一枚目は ”もう日本に行くことは決まっているんだが(!) 
アリタリアのチケットが50%も高くなっている。
今、他の飛行機を探している。
もう少し待っていてくれ。パスクアには電話するからな。”
そう、パスクアリーノは パスクア(復活祭)には毎年必ず電話をくれる。

二枚目は ”俺のFAXはちゃんと届いているのか心配だ。
届いているなら 返事をくれ。”
そこで ”ちゃんと届いているよ、パスクアリーノに再会できることを
楽しみにしているよ。”と返事をしたところ 三枚目のFAXが届く。
イタリア語のスペルの間違いを指摘してある。

世の中にはメールというものがあるのだが、この便利さを
彼が知ると大変なことになる!!
だから、今もメールではなくFAXでやりとりをしているのだ。

投稿者 muniro : 10:20 | コメント (0)

2006年03月28日

パスクアリーノの来日予告

先ほど ミレニアムツーリストの千葉さんと電話で話す。
パスクアリーノを3回も怒らせちゃって、何もフォローしていない。
手紙を書くか、電話を入れるかするべきでしょうか?
「そんな必要、全くありません。イタリア人はすぐ怒るけど
忘れます。次回会ったとき、何事もなかったように、接すればいいのです。」
そうか、それは楽だ。
でも、今度会うのはまだまだ先だ・・・・
「そう言えばバスクアリーノ、来月行くからよろしくなって言っていましたよ。」
ガーン!!!!もう来るの?
とはいえ シチリアでは世話になったし、今度は世話する番だ。
滞在は1ヶ月、頑張るぞ。
ついでだ、ムニロで働いてもらおう。パスクアリーノフェアだ!!

詳しい日程が決定しだい ご報告します。

06.2月 シシリア旅行 310.jpg


投稿者 muniro : 15:29 | コメント (0)

2006年03月22日

パスクアリーノ 大いに怒るその3

シチリアに来た記念に指輪を買いたいのだがとパスクアリーノに相談。
「まかせておけ」とウインク。   これが大きな間違え! 
彼の友人が経営するお店に車を着ける。
6畳ほどの小さなお店、ショーケースには一昔前のセイコーの時計が数個並んでいるだけ。
パスクアリーノの子供のころからの友人と若い女性(たぶん娘さん)がいる。
パスクアリーノが事情を話すと裏から店主が袋に入った10個ほどの指輪を持ってくる。
この中から選ぶの?躊躇している私をよそに パスクアリーノは選ぶ。
「これがいい!!!いくらだ?」勝手に話は進んでいく。
横にいる女性が小さく横に首を振る。ダメダメという意味?
店主は800ユーロの価格を提示。12万円弱?これが?いらない、いらない。
「これはアンティックで価値がある。」とパスクアリーノは言う。
横にいる女性が再び小さく横に首を振る。
迷惑顔の私、やめたほうがいいとジェスチャーする女性、そんな中で商談を勝手に進める。
結果「800ユーロを600ユーロにまけさせた。200ユーロは俺のプレゼントだ」
誰も買うとは言っていない!!「これは気にらないよ・・」と言うと
ドッカーン!!切れた。
「次の店に行くぞ、早く車に乗れ」
「もういいよ、それよりお腹すいたよ、朝から何も食べていないんだ。」
「シチリアではお昼は1時に食べるんだ。これでも食べていろ」とバナナを渡される。
パスクアリーノに相談した私が甘かった、彼は彼なりに一生懸命なのだが
どこかズレル。とりあえず、日本に帰ったら NHKのイタリア語講座はじめようっと。

投稿者 muniro : 08:38 | コメント (0)

2006年03月16日

パスクアリーノのメガネ

この年で赤いメガネをかけるパスクアリーノ。
とても おしゃれにみえるのだが、
よく見ると メガネのフレームに漢字で「郵便貯金」の文字が。
実はこのメガネ、去年日本に来たときもって帰った物。
(正確に言うと 盗んだ)
彼はサンプル、試供品、試食、なんでももらう。
まさか、サンプルとでも思ったのか・・・・
何でもありのパスクアリーノであった。
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投稿者 muniro : 14:20 | コメント (0)

2006年03月15日

マンマは元気

パスクアリーノのマンマはとっても元気。
93歳という年齢にもかかわらず よく食べる。
前菜、パスタ、メイン料理と 私たちと同量をたいらげる。
デザートはいらないと言いながら パスクアリーノのお皿に手を伸ばしつまむ。
コーヒーも パスクアリーノの残したカップに砂糖を入れてスプーンでなめる。
この食欲が元気の源なのだ。
自分で車も運転して買い物にも行く。
息子のパスクアリーノを叱り付ける。
でも 歩くのは不自由で 他人の手が必要なのだが、
パスクアリーノがさっと手を伸ばし フォローする。
介護という硬い悲壮感に満ちた言葉とは無関係な 
人間的な優しさに満ちている。
日本が失いつつあるものが ここにはあるのだ。
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投稿者 muniro : 08:40 | コメント (0)

2006年03月10日

パスクアリーノと喧嘩するほど仲のいい千葉さん登場

昨日、今回の旅行でお世話になった 千葉さんが来店。
千葉さんは パスクアリーノが紹介してくれた唯一の日本人。
東京でイタリアとオペラをテーマにしたインテックス (ミレニアムツーリスト)
という旅行会社を営んでいらっしゃる。
また 人生の半分近くをイタリアで過ごしたという方。
開口一番「パスクアリーノとは 今後もお付き合いしていくつもりですか?」
「もちろんです。」と答えながらも いきなりの問いかけにあせる。
私たちのシチリアでの行動で パスクアリーノと千葉さんの間でかなりのバトルがあったようだ。
もちろん千葉さんはわたしたちの代弁をしてくれたのだが。
シチリアへ行くと彼に連絡してから3ヶ月、彼なりのプランを毎日練り、楽しみにしていたのだが
そのとおりにはいかない。
時差ぼけだ、ここにいく、ここにいきたいETC ETC・・・
「自分の思い通りにいかないとすぐすねちゃう子供なんです。」
ましてや今回は シラクーサはホーム、さらにわがまま!!

「わたしたちは パスクアリーノ大好き。子供みたいに感情豊か、
わがままだけど 優しいし、魅力的。これからも 仲良くお付き合いしていきますよ!」

投稿者 muniro : 08:43 | コメント (0)

2006年03月07日

パスクアリーノ 大いに怒るその2

チョコレートの町モディカでのできごと。
昨年、やまけんさんと一緒にいったお店、ボナユートでの出来事。
お店に入るなり
「シラクーサのパスクアリーノだが」と一言。
店員はどこかに(たぶん事務所)TELした。
そして 断りの一言。
おみやげを買おうとカゴにあれこれいれていたのだが、
それを取り上げて
「こんな店出よう!!」とカゴを取り上げ 怒鳴る。
また切れた!!!
あとで コバに聞いたら 前回は やりたい放題だったそうだ。
それがたぶん原因!とのこと。
その後、別の知り合いの店に行き、そこで買い物をした。
でも 正直、ボナユートよりは そこの方がおいしかつた。
パスクアリーノ、そんなに怒るなよ。
でもそこは シチリアーノ、1分もすると
いつもの笑顔。
先ほどの怒りは何処へ?

投稿者 muniro : 11:19 | コメント (0)

2006年03月03日

パスクアリーノ 大いに怒る!

シラクーサ到着後、オルティージヤを軽く彼の車で案内をしてもらい、
その後、彼の別荘まで 送ってもらう。この時、午後5時。
しばらく、ファンタをのんで 談笑。
(シチリアでは オレンジジュースといえば ファンタなのだ)
明日は 車で遠出をするので いってみたかった場所をリクエスト。
和やかな雰囲気で別れる。
「8時に迎えに来るから。」と言い残し 彼は去り、
私たちも時差ぼけもあり、早めの就寝。
そこに彼が 再び登場。
みんな寝ているのをみて 切れた!
「8時に行くと行ったのに何故寝ている!!」
「時差ぼけ?おれは日本に行っても 時差ぼけにはならない!!」
「ママがたくさん料理を作って待っているのに!!!」
そうか、家に招待してくれたのか。
コミニケーションが不十分で、それは悪かった。
早速、着替えて 出発。
しかし、彼の怒りは収まらない。
クラクションを鳴らし、窓から怒鳴り、パッシング、物凄いスピードで突っ走る。
車内での会話はなし。、険悪な雰囲気。
反対車線を走り続ける。
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普段はこんなに 穏やかなのに・・・・

早速、食事が始まる。
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ポルペッティ(野菜やベーコンを包んだハンバーグ)
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そのポルペッティのソースで リコッタチーズがタップリ入ったラビオリ

これは おいしい!!!
うーん、これがよく言う マンマの味か!!!!
食事が始まるころには パスクアリーノの怒りもすっかり収まる。
マンマのパスタは偉大なのだ。

すべての部屋を案内され、説明を聞く。
(ママの寝室まで案内され すべてをさらけ出すパスクアリーノに脱帽)
ママは 訳のわからないアジア人の訪問も 寛大であった。
パスクアリーノは 感情のたっぷりのシチリアーノなのだ。
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投稿者 muniro : 17:11 | コメント (0)

2006年02月22日

パスクアリーノに再会

全身に再会の喜びを現すパスクアリーノ。
力強いハグと両頬に熱いキス。
(イタリアでは当たり前でも 日本人には・・)
「何度も電話したのに 何故かけてこない!!」と一喝。
そう、パスクアリーノは熱い男なのだ。
06.2月 シシリア旅行 038.jpg

投稿者 muniro : 11:20 | コメント (0)

2006年02月03日

パスクァリーノが泣いた。

さて シチリア行きは決まったのですが 宿泊先でおおもめ。
ホテルを予約したのですが それがパスクァリーノ氏には不満。
「なぜ おれのところに 泊まらないのか?」から始まり
「どうして俺の気持ちが わからないんだ!!!!!!!!!!!」
「俺の町シラクーサに来るのにどうして 俺の世話にならないんだ!!!!!」
駄々っ子のようにすねていじけていました。
最後は
「好きにしてほしい、言われたことだけするよ」
としょげていたそうです。
結局折衷案としてホテルと彼の別荘を半分ずつ泊まることにしました。
彼に別荘は 鍵はないし ガラスは割れて寒く、シャワーも使い物にはならず
そのうえ山の中で夜は真っ暗、街まで 1時間1本のバスで20分等々。。。。。
ここまで家族のように(実際、お前の子供は俺のいとこで 同じファミリーだと言われました。)
歓待され歓迎され とてもうれしいです。

シチリアでは かなり振り回されることを覚悟の上 行ってきます。

投稿者 muniro : 09:46 | コメント (0)