2009年07月14日
カターニア市場
カターニア市内に入ると例年以上の活気。
それもそのはず、今日は地元の神様アガタを祝う日。

市場に入ると 相変わらず優ちゃんは人気者。

どこに行っても声をかけられる。
熊本の濃い感じがここシチリアではマッチする。



彼女は恋人はいるのか? 名前は? アドレスは?
積極的に売り込んでるイタリア男たちを尻目に 優は試食三昧。
パレルモでは ヒッチハイクで移動したとか・・・
さて市場で見つけたこのフルーツ。


カットすると夏ミカンのようだが 中の身を食べるのではなく 表面と身の間の
白い皮の部分を食べる。
塩と胡椒をお好みでふりかけ オリーブオイルをたらして食べる。
瓜のような食感と味だ。
ちなみに身の部分は苦く酸っぱくて食べられなかった。
実に不思議なフルーツだった。
2009年07月10日
カターニア
今日は年に一度のお祭り、地元の神様アガタの日なのだ。
パスクアリーノの運転で カターニアへ、途中トラック野郎が立ち寄るような
ドライブインへ。

ドライブインの駐車場からエトナ山をバックに写真。
頭に雪をかぶり、富士山のようだ。
”ここのパンは美味いぞ!”とパスクアリーノ。

ピザの生地のようなパンを鉄板の上で焼き、それにオリーブオイルと
塩と赤唐辛子。

美味いかといえば美味いが、ここシチリアで食べれば何でも美味く感じられる。
それを証拠にみんなが残していた・・・要は飽きる、オリーブオイルとピザの
生地の味、それだけ。

ところが写真に撮ると 美味そうに見えるじゃないか!
そんな旅行気分で一路カターニア市街へ。
2009年06月30日
シチリア上陸
カターニア空港からバスでシラクーサへ。
常宿”ホテルコモ”に8時ごろに到着。
間もなくパレルモで2泊していたシェフたちも到着。
そして シラクーサの主”パスクアリーノ”登場。
やはり、われわれが泊まる部屋に昼間のうちに来て装飾、
誰かの家の庭に咲く花を部屋いっぱいに飾り、
誰かの畑からこれも勝手に採ってきた大きなウエルカムフルーツ。


盗んできた(?)モノとはいえ 毎年感動する。
荷物を置いて パスクアリーノのレストランへ。
そしてワイワイと食事が始まる。

まずはシチリア産の白ワイン、ラベルもイルカが描かれて、素敵だ。

まずは前菜、なにものっていないピザに赤唐辛子と塩をかけたもの、
お腹が空いていたせいか、おせんべいのようにパクパク食べる。

パスタはマグロの卵のスパゲティ。
このマグロの卵はカラスミではなく、生のマグロの卵。
少し言い方は悪いが日本で市販しているタラコスパゲティの素のような
食感、でも塩分もきつくなく とても美味しかった。

スズキのオレンジのソース。

太刀魚のソテー ビネガーのソース。
ちょっと日本人には酸っぱすぎるかな・・・・
メイン2皿目には お腹いっぱい、満足でした。

その後雑談、シラクーサでのこういう瞬間は、まるで実家に戻ったような
感覚、1年ぶりの再開を心から楽しんだ。

3年ぶりの参加、優ちゃんも嬉しそう、今回もシチリア男を虜にするのであった。

私の両親からのお土産のマフラー、えらく気に入っていた。

ロレンツォも少し太ったかな、最近恋人が出来たらしい、
幸せ太りか。

パスカリーノと別れた後 私たちは夜のシラクーサへアルコールを
求めてゾンビーのごとくさまようのであった。
2009年06月09日
世界一おいしいピッツァ!
サレルノってナポリのすぐ近くにあり、
サビーノが行こうと言わなければノーマークの街であった。
駐車スペースを求め30分ほどグルグル市内を走り回る。


仕事もとりあえず片付き、海岸沿いのバールで乾杯をする。


カウンターに並ぶ サラミやら玉子焼きやらは食べ放題だ。
お腹はかなり空いていたが、後に訪れる東洋人のために
いたってクールに振る舞い、ひとつつまむ。
”武士は食わねど高楊枝”なのだ。
海岸沿いを散歩しながら ピッツエリアを探す。



イタリア人がレストランを探す時は 本人の勘が決め手だ。

そして決めたのがこの店。
メニューを見て驚いた。
パスタ、メイン、デザート、ミネラルウオーターで7、5ユーロ、
ピザとミネラルウオーターで 5ユーロ。


ふたりは迷うことなくマルゲリータのピザを注文。

これが本当に美味しい!!イタリアで食べてピザで間違えなくNO.1!!!!
しかも5ユーロ、650円!
気分がよくなった私たちはショッピング。

ポテンザ出身というワイシャツ店の店員さんと意気投合、
4枚99,9ユーロのシャツを購入する。

サビーノもパスクアリーノもそうなのだが イタリア男は買い物好き。
特に自分のものとなるとかなり真剣だ。
そしてハイウエイを飛ばし、ナポリを抜け ナポリ空港へ。


そしてナポリ空港でサビーノと別れる。

シチリア・カターニア行きの飛行機で出発。

やっと 簾内シェフ、スタッフとシチリアで合流できる。
パスクアリーノとも1年ぶりの再会だ。
2009年06月05日
サレルノ
サレルノに向けて出発する。
外は激しい雨、イタリアに来てから 一日天気のいい日はない。

雨の高速を飛ばして 2時間ほど、アマルフィ海岸が見てきた。
途中 高速道路は大雨で閉鎖、下の道を走ってきたため時間がかかる。
”サレルノ90キロ”と言う看板を過ぎ30分ほど走ると
”サレルノ120キロ”とまた看板、前進しているはずなのに
不安にさせるいい加減な看板だ。


観光バスが沢山泊まる駐車場。
この橋を上るといよいよアマルフィだ。
が、坂道で観光バスも多く、渋滞するから、と言う理由で
サレルノのいく事にする。

一応アマルフィをバックに記念写真。
来年こそは行くぞ、アマルフィ。

2009年05月21日
ポテンザ
車好きなら覚えているだろうか?ポテンザという名前。
ブリジストンのタイヤのブランド名だ。今夜はここに宿泊する。
ポテンザは バジリカータ州ポテンザ県の県都で、県都ととしては
イタリアで最も標高が高い。

ホテルの窓から。

これらの写真では分かりづらいのだが このポテンザは雲の上にあり
ここは曇りだが、下の街では激しい雨が降ったいた。
15分も歩けば街は一周できてしまうほど以外と小さな街だが、
プーリアではもっと田舎で過ごしていたので、気分がいい、
イタリアで過ごす華麗なる週末という感じかな。
たまたま訪れた日が年に一度のお祭り、これはラッキー。

height="336" />
まずは 広場に集まり、よく解らなかったが偉そうな人がスピーチをする。


そして この小さな街を無言で練り歩く。


そして最後に広場で歌って、踊る。
その音楽も衣装も何故かチロルっぽい。(訪れた事はないが・・)
小さな街のこの小さなお祭りは 心温まるホンワカとした雰囲気で面白かった。
さて、真面目で頑固なプーリア人 サビーノ氏は 予定通り
バジリカータではピザしか食べないのであった。
食べ物の恨みは本当に恐ろしいのだ、特にイタリア人にとっては・・・・・・

2009年05月20日
マテ-ラ
高見さんは言っていた、”マテーラはただの観光地、あまり面白くないよ”
それでも ユネスコ世界遺産、とりあえず行ってみたい・・・・・
同行のサビーノ氏も”バジリカータで食事をとった事がないので食べてみたい!”
2人はしょうもない商談から開放され、いささかはしゃぎ気味であった。


2000年前の洞窟をつい最近まで住居として使用していた岩窟住居。
歴史的背景は 迫害、宗教いろいろあるのだが
一言でいうと 汚らしい。こんな事いうと怒られそうだが
街全体が煤けていて、我々が訪問した時の天気のせいもあり(冷たい雨)
寒々しくて 気分はブルー。

こんな煤けた感じも絵になる。
さて、食事をして、気分を変えよう!!と目についたオステリアへ。
サビーノも私も生まれてはじめてのバジリカータでとる食事だ!!!

店内は地元のおじさんがコーヒーを飲み
ウエイトレスの女の子、頑固そうなシェフがいた。
2人で 前菜の盛り合わせの大盛り、ワインは 赤でアリアニコを注文。


メイン料理も二人でシエア、ソーセージと羊肉のロースト。
ま、不味い!!怒り!! 前菜は味がぼけていてなんだか分からない、
羊は臭くて臭くて 食べられない!!!
2人困っていると、シェフがテーブルに来て”どうだ!うまいだろう!”
と話しかけてくる。不味くて食べられない、それでも曖昧な返答をして
チェックを頼むと 40ユーロと言われる、このシェフ、観光客だと思い
完全になめている。”少し高いんじゃないか?”と軽く抗議すると
”席料とサービス料が一人6ユーロだ”と言いやがる。
メニューのどこにも書いていないじゃないかとさらに抗議すると
”俺は忙しいからお前と話をしている暇はない!”とさらにふざけた事を言う。
”観光客が減ったせいで店を閉める羽目になりそうだ!!” 逆切れしている。
なじみの客とコーヒーを飲んでいるだけのくせに!!!!!
我々は大人だから、お金を払い、お店を出る。
そして密かに誓う、”バジリカータなんて大嫌いだ、これからもずーっと!”


多分二度と訪れる事の無いマテーラの最後の写真。
帰りがけに雨の中を観光する団体を発見、日本人観光客だった。
彼等に囁きかける、”君たちはこのマテーラを嫌いにならなくていいんだよ・・・”
2009年05月15日
再び商談
さて、高見さんの家はトゥルッリだ。

よくアルベロベッロでみるような こんなとんがり頭の可愛い家だ。
壁の厚みはおよそ80センチほどある、だから以外に天井は低く、
思ったより広くは無い。ただ 高見さんの家はとんがり頭が5つぐらいある大きな家。


こんな家を買って 毎月イタリアに行き家具を揃え 修繕しながら大事に作りこんでいく
なんて最高の贅沢だ、羨ましい!!!
さて サビーノは昨日の会議には納得できない、と怒りが収まらず
私たちは暗いうちに高見さんとバールでコーヒーを飲んだ後 別れる。

ここでエスプレッソを飲んで 高見さんと別れる。
途中、アルベロベッロのバールでコーヒーを飲み 電話で再びアポイントをとる。
観光は出来なかったが とりあえず写真をとりまくる。



そしてバトル再開。
ところが相変わらずイタリアファミリーはのらりくらり、途中で相変わらず
息子がマンマが 横槍をいれ、まさに小田原評定。
一向に前に進まない。これ以上の滞在は無意味と判断、お昼には撤退する。
この人たちとビジネスが出来るのか、不安を抱えながら
とりあえず 東京で行なわれるフーデックス(食の祭典)に出展する事だけは決定。
だが、この不安は的中、その後の出来事はまた書くことにする。
さて、今回のプーリアでの商談も終わり、やっとリラックスできる。
私たちはこれから観光客になる!!
2009年05月14日
チェストミーノ
今夜の宿は ムニロのお客様で プーリア好きでチェストミーノという田舎町に
家まで購入してしまつた高見さんの家に泊めてもらう。
この街もまたラビラント、山の上にひしめくように白い家が立ち並ぶ。
この街のリストランテでまずは食事。
とはいえ 昼間食べ過ぎて あまり食欲がでない。

魚介タップリのニョッキと前菜を食べる。
そして 高見さんの家に泊めてもらう。
疲れすぎてすぐに眠りに落ちる。
イタリア語勉強しなければまずいな~ そんな一日であった。
2009年05月13日
ビジネスランチ
さて 食事ということで 車で 街へ移動。
img alt="09 196.jpg" src="http://mailmag.disk.ne.jp/mt/archives/09%20196.jpg" width="448" height="336" />
街といってもこんな感じ、迷宮。
連れて行ってもらったレストランがここ。


リストランテ・コンビビウム。
100席以上ある大きなレストランだが 今日は私たち7人のために貸切!!
しかも日本から来た私が誕生席というか 上座に座らせられる。

まずは シェフの挨拶から、このファミリーはかなりの常連のようだ。

まずはキノコのコンソメスープ、中にはトマトソースがドロっと下の方に沈んでいる。
キノコの香りが豊かでコンソメとの相性は抜群!

前菜の盛り合わせ、キノコずくし!
キノコのペーストをパンにのせたもの、キノコとエビのマリネ、キノコとウイキョウのサラダ、
そして最も気に入ったのがイチゴとキノコとチーズのサラダ、これは絶品!
このキノコは カルドンチェリといい、生でもグリルしても美味しいプーリアのキノコ!

キノコのカルパッチョ、フリットしたキノコのせ。

キノコのスープ トリフ添え

キノコのフリット お皿の横にジャムを添えて食べる、微妙・・・・

菜の花とトマトのオリキエッティ キノコ添え。
このパスタはここプーリアでの名産、チョウ美味い!!

デザートもキノコばかり・・・これには閉口。
キノコをチョコレートで煮込んだモノ、キノコをクッキーではさみクリームをのせたモノ。

そしてデザートワインはこれ、プリミティボ・ドルチェ、日本で見たことが無い。
これでもか、これでもかと出されるキノコ料理、美味しいものもあり
微妙なものもあり、こちらのシェフも、キノコのビジネスランチということで
気合を入れてくれたのだと思う。まずはその心意気に感謝、
そしてキノコを使い方もいろいろ勉強になった。
しかし、肝心な商談相手のファミリーたちはほとんど手をつけず
”だけど、パパ・・・・・” ”だってママ?????”
そんな話は前もってまとめておけよ、とイライラする。

真ん中に社長のパパ、手前が副社長のマンマ、奥が息子。
果たしてこんな事で商売ができるのだろうか・・・・
10時から 6時ぐらいまでの話し合いの結果、何も決まらない。
結局、社長が 君を日本の総代理店に決める、
日本からはるばる来てくれた情熱は充分伝わったと、この2点だけだ。
こんな事でやっていけるんだろうか???????
不安を沢山抱えて、この会社を後にした。
2009年04月28日
今日は大切な商談の日
気分はビジネスモード、朝ご飯の後、パパとマンマに別れを告げる。

もうこの時は シチリア料理からプーリア料理に転向してもいいぐらい
ここが好きになっていた。

姿が見えなくなるまで見送るマンマ。
海沿いのハイウェイを飛ばして コンベサーノへ。
途中車窓から セリエBのサッカーチーム”バーリ”のサッカー場が見える。

さあ、コンベッサーノに到着、閑静な田舎、家も少ない。

さて、ここが本日のメインイベント。
カルドンチェリというキノコを作り、日本で拡販したいというこの会社。

オフィスに入ると社長室に通される。
社長と奥さん、その息子と娘、そしてセールスプロモーションマネージャー 5人が
今日の打ち合わせの相手。やはりイタリア、ファミリービジネスだ。
まずは その会社の紹介DVDを30分ほど見せられる。
その後、研究室、倉庫、畑を見せてもらう。
いかに私たちは研究を重ねているか、キノコの品質が他社と違うかを
説明されるが、随分大げさな気がしたが そこは こちらも大人、
ワザとらしく興奮してみせる。

ここは研究室と説明を受けるが 8畳ぐらいの部屋にこんな冷蔵庫がひとつ、
少し大げさな感じ。
写真もいちいちここはダメだと言われなかなかとれなかった。
しかし ビニールハウスで育つキノコを見たときはなかなかの感動であった。



見事なキノコだ、しょぼい研究所と 社長家族間のごたごた以外は満足、
及第点だ。
その後ビジネスランチを ということで車で街へ移動することになった。
2009年04月11日
カノーサの日曜日その3
さて 宴は1時ごろから始まり 8時ごろまで 続いた。
食事中は パパとマンマを中心に女性陣ほよくしゃべる。
男性陣は 途中に 昼寝して また参加したり てな感じ。




パパも満足げ。

子供たちは別テーブルで食事。
私たちのレンタカー”フィアット・プント”を運転してみたいと
さすが 車好きのイタリア人、試乗会が始まる。
”うちのテレビ買い換えたんだ”というとゾロゾロみんなで見に行く。
日本のお正月は実家に帰り 家族みんなで食事、お酒を飲むが
イタリアでは 毎週日曜日がお正月のようなもの。
しかも 女性陣は かなり美味しい料理を作る、その事が家族の絆を強める。
”食育”なんて言葉はここでは必要ない。
美味しい料理を食べたいからパパも子供たちも家に帰る。
そしてムシャムシャかぶりつく男たちをマンマが満足げにながめる。
この団欒でとても幸せな気持ちになった。
以前パスクアリーノに”うちの子供たちは反抗期”と話したら
その意味がわからん、(もっとも反抗期というイタリア語はないそうだ。)と言っていた。
イタリアの真の豊かさの源はこれなんだ。
2009年04月03日
カノーサの日曜日その2
"さて家に帰ると サビーノファミリーが集合していた。
パパ、マンマ、サビーノのお姉さん3人とその夫、そして5人の子供、総勢15名。
まずは ラザニア、そう、朝6時から仕込んでいたマンマ自家製のラザニア。

これには驚いた、こんなに美味いラザニアは食べた事がない!!!!!
これが マンマの味か・・・・・
そしてメイン料理は 馬のインボルティーニのトマト煮。

これはちょっと変わった味で表現、理解不可能、初めての経験。
これで結構お腹イッパイ、さてお次はドルチェと思いきや
肉がもう一品、ブタのカツレツ。

美味しい、何が違うんだろう、やっぱりマンマの手料理は偉大なのだ。
そしてイタリア男は皆マザコンなのもよく理解できる。
そしてやっとドルチェ、2種類のタルトだ。

これは今朝早くサビーノお姉さんの所にいったら仕込んでいたやつだ。
そのお姉さんが "どれぐらい食べる?”と聞く。

このテキパキ働いているのが そのお姉さん。
”お腹いっぱいなので 少しだけ”と答えたところ 目をキラリとさせ
他の人の3倍位の大きさにカットして持ってきた。
お~、こんな事で負けてたまるか、侍魂を見せてやる!!!
満面の笑顔で”ありがとう”と答え、たいらげた。

これが私にカットされたチョコレートタルト。
美味しかったのだが お皿からはみ出ているじゃないか!!!!!
そして コーヒー、無事クリア!と思いきや
大量のナッツとパパ自家製のチョコレートリキュールが出される。

落花生、アーモンド、クルミ、ピスタチオ等々。
もう限界、手をつけずにいると隣のパパが黙って皮をむき、私の前に並べはじめた。
どうやら遠慮していると思い、親切心からむいてくれたのだ。
半分泣きそうになりながら 食べる、なくなると またパパがむく。
それを暫く繰り返す。ひとりで200グラムはたいらげた。
そしてさらに、マンダリンがでてきた。嘘だろと思うと
サビーノが”日本のみかんよりうまいよ”とすすめる。
サビーノ、おまえもか!!!!!!
2009年04月01日
カノーサの日曜日
そういえば 先ほどのキノコの社長が言っていた。
”ポルチーニは儲かるぞ!!”と。
ルーマニア等東ヨーロッパから 1キロ1ユーロ(!!)で輸入、
イタリアでパッケージをし直して イタリア産として 日本に 1キロ15ユーロで
輸出するのだそうだ。手間をほとんどかけずに 15倍で売る、儲かるはずだ・・
産地偽装は今や当たり前なのか・・・・・
さて街に戻ると 相変わらず家事は女性にまかせ 男どもは立ち話。

この4人のうち 2人はサビーノさん。
ここに集まるためみんな車でやってくる、そのため路上は車で溢れる。
時々おまわりさんが来て 車を至急どかすようにと注意をうける。
すると みんな適当に車に乗り込み 街を一周して、また同じところで
立ち話、まさにイタチゴッコ。
その時にたまたま彼のアルファロメオ155に乗った。

名前はもちろんサビーノさん、彼の白いアルファロメオは
エンジンを切ると止まってしまうらしく エンジンはかけっぱなし、
どこをどう改造しているかわからないが ダッシュボードのどこを
おしても クラクションが鳴る不思議な車であった。
さあ、12時をまわると みんなでご飯を食べるのかと思いきや
すごすごと帰宅するのであった。何故????
2009年03月26日
プーリアのキノコ
”カルドンチェリ”というキノコ 知ってる?
プーリアでしかない 土着のキノコの名前である。
かつては野生の”カルドンチェリ”が山には生えていたそうだが
一時ほぼ絶滅、そこから人間の手で復活、今ではキノコ農場で作られる。
しかしながらとても繊細なキノコで大量に生産するのは難しいらしい。

まずは キノコ農場の社長と挨拶。
このおじさん推定65歳、持ち物や着ている物からして 結構リッチ。

乗っている車はレンジローバーだし・・・・
きのこの話をいろいろ聞きたかったのだが、このおじさん独身、
イタリア男は やはり女性の話・・・・・
”日本人の女性を紹介してくれ”と何度も言う。
そこで 花嫁募集!!希望者は連絡下さい!
海外に行くと 日本の女性はどこでも人気があり、需要は高い、
が 日本男児の人気はなく、海外での需要はほとんどなく、
国内のみの限定に留まる、日本男児よ、世界に通用する
世界の女性から求められる男になろうぜよ。
さて、きのこの見学。

ビニールハウスの中でこんな感じで栽培されている。

ビニールハウスが並び 外には番犬が 30匹ほどうろうろ。

このプーリアのきのこ カルドンチェリ、イタリアより空輸、
ムニロでも食べらます。生でも 揚げても 美味しいですよ!!
2009年03月24日
カノーサの日曜日
さて日曜日、サビーノからは 今日は一日付き合ってくれと
言われていたのだが、どういう意味だか分からなかった。
朝起きると まだ7時だというのに マンマは既に戦闘態勢。

トマトソースを仕込み、

肉の煮込みを仕込む。


マンマが作るトマトソースは缶ではなく 生トマトから作られ
酸味、濃度といい バランス抜群、メチャ美味い!!!

朝ごはんは この甘い揚げパンのようなものと エスプレッソ。
この揚げパン、子供の頃食べたようなデジャブに襲われる。
サビーノのお姉さんの家へ、すると同じようにお姉さんもマンマと同じように
戦闘態勢。


タルトを仕込んでいた。
そして この家のご主人は 当たり前のようにいない。
車いじりか、町にくりだし どこかで立ち話をしているのだろう。
ここでも 男は生きることを、女は料理を 人生としている。

途中ガソリンを給油して 私たちはキノコ農場へと向かう。
2009年03月19日
カノーサのサビーノさん
広場に向かう途中、サビーノの友人に出会う。
”はじめまして、サビーノです。”
”んんんん!”サビーノがサビーノさんを紹介してくれた。
3人で歩いていると また友人に遭遇、紹介を受ける。
”はじめまして、サビーノです。”
”んんんんんんんん!” またサビーノ。
また暫く行くと 友人の出くわす。
”はじめまして、サビーノです。
”んんんんんんんんんんんんんんんんんn!”またまたサビーノ。

この人は最初のサビーノさん、シェフだそうだ。
サビーノだらけの理由はここにあった。

町の中心にある広場の前にそびえる教会。

そう、この町の神様は サン・サビーノ、
この名前にちなんで 子供たちの名前をつけているのだ。
シェフのサビーノさんの買い物に付き合い、お肉屋さんへ。
そこで 馬のソーセージ(生!!!)をご馳走になる。
見た目はグロかったけど 美味かった!!
2009年03月17日
カノーサその4
夜のカノーサはこんな感じ。

土曜の夜のせいか この小さな町にこんなに人がいるのかと
思うぐらいたくさん!!しかも 女性はほとんど見当たらず男ばかり。
ドーモ前の広場も 男の集団であふれる。

この写真をよく見ると 男ばかりが立ち話をしているのがわかるはず。
夕食までの時間を 男たちはかなりのおしゃれをして こんな風に
町を練り歩き 知り合いの顔を見つけると立ち話をする。
また歩いては立話。こんな風にして男たちのファッションセンスが磨かれるようだ。
そのころ 女性たちは晩御飯の準備やら 家事やら。
日本やアメリカならありえないだろうけど サビーノに尋ねてみた。
”男はおしゃれして雑談して 女性は家事で大丈夫なの?”
すると サビーノは 顔の表情をひとつも変えずに
”女性は 料理が人生で 男は生きることが人生なんだ。”と
解ったような解らないような答え。
でも 女性からのクレームはどこの家庭にもなさそうだし
こんなものなのかなということで理解した。
さて その後 2人でピザを食べに行く。


エレガントなリストランテといったたたずまい。

内装も上品で 高級感漂う。

こちらがメニュー。ピザ一枚 5ユーロから6ユーロの価格帯。

注文したピザはこれ。
で、味は 星一つでした、残念!!
2009年03月11日
カノーサその3
さてさて、サビーノのお国自慢はまだまだ続く。
”塩はシチリアのトラパニが日本では有名だが プーリアの方が
生産量が多いんだ。”と主張するもんだから
カノーサから車で20分ほどの町”マルゲリータ”に行く。
”ふーん、ピザでも人の名前でもなく 地名でもあるんだ・・・”


塩田と海が広がる。右奥に見えるのは 塩の山。

結局工場の中には入れなかったが外からでも充分に見学できた。
塩田見学からカノーサに戻り パン屋へ。
大理石にのせられた2種類のフォカッチャを購入。


巨大な釜で巻きで焼き上げる。このお兄さんは3メートルほどの
長い棒を操り、パンを焼くのだがこの釜の前にレジがあり
パンを買う人の列にお構いなしに棒を振り回すため、棒で殴られないように
よけながら ハラハラ・ドキドキでお金を払うのだ。

その後チーズ屋さんでチーズを購入。狭い店内にはたくさんのお客。
ちょっとした満員電車状態、しかも買いに来ている人は男ばかり、そういうものらしい。

そして帰宅、マンマはお昼ご飯にパスタを作ってくれた。

もちろんプーリアの常識 ブロッコリーのオルキエッティだ。

そして先ほど購入したホカッチャ。イカスミのこのパンは最高に美味しかった。
イカスミの甘さと塩が絶妙のバランス、勿論サビーノのお気に入り。

メイン料理は多分とうもろこしの粉とブロッコリーのフライだと思うのだが
素朴でシンプルな味、うまかった。こういう風にマンマの味が楽しめるのも
サビーノのおかげ、感謝 感謝!!!

それから パパ手作りのオリーブ。オリーブ本来の味が楽しめる。
日本に入るオリーブは味をいろいろ付け過ぎなんじゃないかな・・・
あ”-腹いっぱい、限界なのだ・・・するとサビーノが先ほど購入してきたチーズ
を出してきた。

ブラータだ。モッツァレラに似た生地の中に、生クリームを練りこんで巾着型に包んだ
フレッシュチーズ。カットすると、チーズの中に詰められた生クリームがとろ~んと流れ出る。

これにオリーブオイルをたらして食べる!!
あまりに新鮮なチーズの為、日本では入手困難な、超貴重チーズ。
超うまかったのだが、でてくるのが遅すぎた・・・・
お腹イッパイで 完食できず、悔しいおもいをする。
本当に年はとりたくないものだ、それでもこの後マンマはデザートを
すすめ、追い討ちをかけられる、コールド負けなのだ!
2009年02月27日
ワイナリー訪問
プーリアのワイナリーに訪れる。
ここのワインは 自社輸入、ムニロでも飲む事ができる。
広さは小学校の体育館ぐらいのこじんまりとした空間。
大きなステンレスの樽で熟成させる。


日本人は木製の樽で熟成された香りの強いワインを好むが
イタリア人はステンレスで熟成したぶどう本来の味や香りを楽しんでいるようだ。

テイスティングコーナー。

男所帯を感じさせるディスプレィ。
全く女性の気配がない職場環境であった。

ワインマスターチャレンジで何度か賞をとっているのだ。
是非とも ムニロにこのワインを飲みに来て下さい。
決して派手さはないし、華麗でもないけど
プーリアの人柄がよくわかるワインです。
ぶどう品種は ネロ・ディ・トロイアというプーリアの土着品種です。
きっと プーリアを旅したくなるはず・・・・・です。
2009年02月26日
カノーサ その2
カノーサにある遺跡。


ローマ帝国時代に造られたという橋。
ローマ帝国のお陰で こんな風に道路や橋が整備され プーリアの港から
ローマにいろんな輸入品が運ばれたんだろうな・・・・・

我々のレンタカー フィアット・プント、よく走る車でした。

運転するサビーノ氏。
プーリアを走って分かった事は ”ここは農業王国”であること。
シチリアは 特に努力はしなくても あちらこちらに オリーブ、レモン、オレンジ
サボテン、アーモンドが生えている。気候がいいし、土壌もいいからだ。
こんなところのお気楽シチリア人とは異なり、プーリアの人たちは真面目だ。
土を掘っても掘っても 大きな石が 出てくる。
サビーノ曰く”雨が降っただけでも 石が出てくる”。
開墾にはかなりの時間を要したと思うし そんな石を利用して家や塀を造る。
今でも畑でない開墾されていない所には 石がゴロゴロしている。

奥の山に石がゴロゴロしているのがみえるだろうか?

開墾された平原。

オリーブ畑。シチリアと違い きれいに並べて植えられている。

オリーブの木、実もたくさん生っている。
シチリアももう少し努力すれば もっと生産量も質もよくなるじゃないかと
思ってもみてが サビーノとパスクアリーノのキャラクターが象徴するように
このままがそれらしくていいんだな。
誠実なサビーノ、自由に勝手気ままに生きるパスクアリーノ、
人間のアイデンティティはこうやって形成されるんだなとつくづく感じた。
2009年02月24日
カノーサ その1
プーリア州にある ここカノーサという街。
サビーノ曰く ”カノーサで4番目の日本人!”だそうだ。
とにかく寒い!! 今年一番の寒さだとテレビでやっていた。
パパとママにおはようの挨拶とコーヒー。
それからサビーノの生まれ育った街カノーサ巡り。
車庫でパパが採ってきたばかりのオリーブを車からおろしていた。

笑顔がとてもチャーミング!!

まずは街の真ん中にある小さな山の頂上にあるお城跡地へ。

多分それなりの歴史があるのだろうけど 積極的に保存している様子も
観光の資源に利用している様子はない、要はシチリア同様に
”ただある”と言う感じ。そしてそこから眺めるカノーサの街を一望。

街の様子はこんな感じ、のんびりした田舎町だ。


街で一番流行っているバール。

2009年02月19日
真夜中のロングドライブ
ローマを夜8時半に出発、500キロほどの長いドライブ。
高速道路は 勿論無料なのだが 約6時間の運転。
イタリアの高速道路には ”110キロ”という標識が目に付く。
日本では”80キロ”の標識だと思うが 多分プラス20キロ早い
時速100キロで走っていても 警察に捕まることはないのだが
イタリアでは”110キロ”の標識で 時速115キロで走れば
捕まり罰金となるそうだ。
グレーゾーンを作る手法はやはり日本的だな・・・・
さて途中の休憩は アウトグリル、これは日本でいうサービスエリア。
ここで食べる パニーニは美味しいと聞いていたので楽しみ。


大きなエスプレッソマシーン、ショーケースには20種類ほどのパニーニ。
奥にはピッツェリアもあり、テーブル席もあったが この深夜は閉まっていた。
それでも店内は 客でいっぱい。

水牛のモッツアレラのパニーニを食べる。
そして深夜2時にサビーノの自宅に到着、パパとマンマが優しく出迎えてくれた。
2009年02月17日
ローマ
今回の旅行には 頼りになるイタリア人”サビーノ”と一緒だ。
里帰りする彼にくっ付いて シチリアに入る前にプーリアへ行く事にした。
”プーリアは別にビザは必要なんじゃないか?”と別の友人に冷やかされる。
それほどちょっとまわり難いところだ。
我々はローマでレンタカーを借りて旅する事にした。

彼はアルファロメオ147がいいと それで予約していたつもりだったが
”同等クラス”ということで フィアット・グランデプント。
レンタカーのこの同等クラスっていつもビミョウなんだよな・・・
以前アメリカで ”ポンティアックG62クラスで予約したら”ヒュンダイ”だった。
さて、プントでもとりあえずいいから キーをゲットして
係員の説明どおり 空港の立体駐車場へ。
何色かな、プントは巨匠ジュージアローのデザインだし悪くないよ、
などと心うきうき車を探す。

探すところ1時間、駐車場が広すぎるせいか見つからない。
もう一度 レンタカーのカウンターへ、係員からもう一度説明を受け
駐車場へ、やはり見つからない。
今度は係員にも一緒に来てもらうが やはり見つからない。
キーは我々の手元にあるのだが・・・
すると 係員が一言、”しまった!盗まれた!!”
空港の駐車場からレンタカーを盗難するとは なんとも大胆。
結局 我々は 別のブルーのプントをレンタルし 旅がはじまった。
2009年02月13日
年に一度のシチリア旅行
今年もそんな時期、要するに一番チケットが安いシーズン になった。
毎年大韓航空とかオーストリア航空とかの安いチケットを購入していたが
今年は不況のおかげで 日本航空を利用する事ができた。
直行便はヤッパリ楽だし、フライトアテンダントは親切だし、幸先いいぞ。
と思いきや JALは新生アリタリア航空との共同運航であった。
機内で和食を頼むと、おそばに麺汁なしという失態、
クレームをつけたところ、”忘れないようにメモをまわしておくよ”
というお気楽な返答、日本人にはとっても大切なんだぞと
思いながら それぞれ マヨネーズやら 塩やらで工夫して食べるのであった。
2009年01月29日
いよいよ再会!
2月2日から シチリアへまた行ってきます。
勿論パスクァリーノに再会するために!
また やつの事をここで書けるかと思うと
腕がなります、乞うご期待!!!
2008年10月08日
ラグーサへ
簾内シェフが大好きなラグーサに向かう。
ここ、モディカからバスで1時間ぐらいの距離、楽勝なんて、思いながら
バス停を探す。が、モディカの地図がないからバス停が分からない、
早朝なので人も少なく、とりあえずバールに飛び込む。
”ラグーサに行きたいんだけどバス停はどこ?”と
聞くと、バールのお客たちの格好の餌食になる。
”どこから来た?” ”モディカはどうだ?”
”バス停ならあそこだ!””いや、あっちだ!!”
"いや、あそこからでている!!”
喧々諤々、バールに飛び込んだ東洋人をおもちゃに
盛り上がる。とりあえずお礼を言って、飛び出す。
バス停をさがして歩いていると、若い婦人警官と出会う。
彼女なら英語も通じるだろうとバス停を訪ねると、
”この道をまっすぐに行って、ホテルの先です”
そして、やっと歩く事10分、バス停にたどり着く。
もう、一仕事終えた感じだ。
チケットを購入、バスに乗り込むと若い運転手、
CDプレーヤーをハンドルの近くに置き ハードロックを
ガンガンにかけている、そしてバスは出発した。
2008年09月22日
モディカ
パスクアリーノが暮らすシラクーサから50キロほど離れた所に
モディカという小さな山間の美しい町がある。
チョコレートが名物で、以前パスクアリーノに連れて来てもらったが
93歳のマンマを残しては心配というパスクアリーノ抜きで訪れた。
シラクーサ発モディカ行きの電車は午前5時、次が12時、
午前中には2本しかないので 午前5時の電車を選択する。
6時半にモディカ着、まだ少し薄暗い、誰もいない駅、
どこに街があるか見当もつかない・・・・・
イタリアは街の中心には駅がなく必ず外れた所にある。
2人の謎の東洋人の勘が働き、街の中心へ。
ひっそりとした美しい街に感動する。
さて、知らない街についたらまずはインフォメーションに行くのが定石、
がこの早朝オープンしているわけもなく、街の中心におそらく
いるのだが 街の形も北も南もわからない。
とりあえずバールを探し、コーヒーを飲みながら対策を練る。
この街が動き出すにはまだ時間がかかりそう、
簾内さんの心はすでに次の街ラグーサに飛んでおり、移動を希望、
それに従う事にした。
早朝のモディカは物凄く寒くて・・・・
2008年09月06日
夜のシラクーサ
シラクーサは本当にいい所、
特に夜のこの街はとても美しい。
新婚旅行には最適ですよ。
夕暮れのオルティジヤ島への橋の上から。
映画”マレーナ”が歩いた広場はとてもロマンチック。
細い路地にお店が立ち並ぶ。
2008年08月20日
ミスタービアンコ
とりあえずお茶を飲もうということになり、バールへ、
多分この街唯一のバールと思われる。
エスプレッソとデザートを3人で注文、
なにげなく入ったバールなのだが メチャクチャ美味かった!!!!
簾内さんは カッサータを注文。

かなり予想通り甘かったのだが、カッサータはこうじゃなくちゃ!
パスクアリーノはババを、イタリア版サバラン、ラム酒たっぷり。

大きさも甘さも満足です。
そして私は カンノーリ。

チョコレート、リコッタクリーム、ピスタチオの3種類。
特にピスタチオ、美味かったなー!
”これ、ムニロでやろうよ”
”イタリアのピスタチオはとても日本では高価で採算あいませんよ"
"うーん、残念!” でも決してあきらめた訳ではない。
この田舎のバールでパスクアリーノが自慢する。
”この日本人2人は東京でシチリア料理をやっている、俺はその師匠だ!”
もの珍しい目で見られるが、バールのオーナーは次から次へと
ケーキを持ってきて説明をする。

レモンのケーキ。

チョコレートケーキ。

ピスタチオとイチゴのケーキ。

フルーツケーキ。
パスクアリーノがあーだこーだとお店の雰囲気を壊している間に
一人の女の子と知り合う。
今年、仕事で東京に来るというアドリアーナ、
メールアドレスを交換、今ではメル友だ。
なんとなく訪れた街で美味しいケーキめぐり合え
友人まででき、またまたパスクアリーノに感謝感謝。
2008年08月19日
ミスター・ビアンコ その1
カターニアからの帰り道、ハンドルを握りながらパスクアリーノが
尋ねる。”ミスター・ビアンコ”に行った事があるか?”
”ミスター・ビアンコ”?英語とイタリア語の中途半端な名前、
”あー、これは雪で白くなったエトナ山のあだ名かなんかだな”
と鋭く反応した私は 素早く答える。
”いつも、遠くに見えているけど、登ったことはないよ、
エトナ山の呼び名だろ??”
”違う、今日そこでお祭りをやっているんだ、じゃ行こう!!”
車の方向を変え、ハイウェーを飛ばす。

途中、ここで休憩、そして ミスタービアンコに到着。
ところが お祭りは明日だった・・・・パスカリーノのドジ。
しかも、かなり小さいまちで、人も少なく閑散としている。
落ち込むパスクアリーノを慰める私。
カターニアでランチ
さて、この店は鳥のローストが評判らしい、
どこのテーブルでも 骨付きの鳥肉にむしゃぶりついていた。
メニューにも”1羽、1/2羽、1/4羽”とあり、私たちは/1/2を注文。
そしてワシワシと食べる。
味はといえば かなりしょっぱい、でも美味い!!!!!
また行ったら必ず食べる!
でもこれ、日本でやったら 塩辛いとまた怒られそうな・・・・
お店はこんな感じのどこにでもあるようなお店。

パスクアリーノがいなければまずは入らないようなお店、
おいしいものが食べられて感謝!
2008年07月28日
カターニアでランチ
さて ランチを食べようとダウンタウンにくりだす。
お目当てのお店は彼の中で決まっているようなのだが
駐車スペースが見つからない、同じブロックを2周、3周と
まわるのだが、なかなか見つからない、そして4周目、ついに
パスクアリーノの車の半分位、約3メートルほどのスペースを発見、
先ほど オートバイが停車していた場所だ。

彼の愛車はフォード、その前はトヨタだった。
納まるわけのないスペースに斜めに頭から突っ込む、
斜めに駐車をして終わりかと思いきや そのまま前のルノーに
ガツンと一撃、ズルズルと押し出す、鈍い音が、何かが壊れていく音だ。
それでは終わらない、今度はバックで後の車に体当たり。
後の車はレンジローバー、バンパーのきしむ悲鳴が後から聞こえる。
おまけに そのレンジローバーの運転席には若いお兄さんが乗っている。
”こらー!!お前なー!!!!!”と喧嘩が始まると思いきや
パスクアリーノが”チャオ!”と手を振ると そのお兄さんも
ニコニコしながら手を振る。絶対にレンジローバーのバンパーには
傷がついている・・・・・・
前後の車にぶつけながらという荒業は以前にもパスクアリーノに
見せてもらったが、乗車している車にニコニコしながら押し出す
このウルトラCには驚いた・・・・・
ちなみにこの時の簾内シェフは助手席で固まって固唾をのんでいた。
2008年07月25日
カターニアその3
メルカート(市場)の中でいきなりパスクアリーノの大きな声が響く。
子供のころの友人と偶然の再会。

そして友人夫婦。

とても素朴で私たちがイメージするシチリア人はまさにこんな感じ。
その後 ホテルネットゥーナで友人がシェフをやっているということで訪問。
が、そこでは仕込みが忙しく、長い間滞在はできなかったが
簾内シェフは厨房内に入り、いろいろと説明をうけ、勉強。


その後 何か食べようとランチをしにダウンタウンに繰り出すのであった。
2008年07月09日
カターニアその2
まずはカターニアのメルカート名物、血のソーセージ。
豚の血を腸に詰め込み、沸騰したお湯に入れる。
牛だと臭みがでるが、豚だと甘くなるという。
2ユーロを払うと 包丁でカットして、まな板の上に出してくれる。
苦手という人もいるが 是非試していただきたい。
さて ここはまさに食材の宝庫。
見事なカジキマグロ。
ムール貝やあさり、蠣、ハマグリ。
築地と比べて20~30パーセントほど安いかな・・・・
仔山羊の前で記念写真。
吊るされたソーセージ。
ピスタチオやいろんな種類の豆が並べられている。
さて、パスクアリーノ、ここで何も起こさないわけが無い。
駅弁のようなスタイルで、マフラーやスカーフを売る行商おじさんがいた。
”おい、お前にピッタリのマフラーがあるぞ!”
と試着させられる、心配そうな行商おじさん。
”よし、これはお前にプレゼントしてやる!”とパスクアリーノ。
とりあえず記念写真、行商おじさんはお金をまだ貰っていない。
ここからがパスクアリーノの真骨頂。
”これ、いくらだ?”とパスクアリーノ。
”5ユーロ。”と答える行商のおじさん。
ここからが長い、市場のど真ん中で人の流れを完全に遮断している。
が、そんなことはパスクアリーノは計算済み。
ついに1ユーロまで値切る。
そしてパスクアリーノの切り札、
”わざわざ 日本から来ているんだ、1ユーロならタダでも同じだろう。”
エーッ・・・タダか・・・・・
その後も暫く交渉してたが 1ユーロなのかタダなのか
プレゼントとして受け取った立場としては知りたくもなかった。
が、簾内シェフ後で教えてくれた、お金払わなかったって・・・・・
2008年06月30日
カターニア その1
今日はパスクアリーノの運転で カターニアに行く。
シチリア4番目の都市シラクーサから 同2番目の大都市カターニアへ
行くとあって、ジャケットにネクタイという気合のいれようだ。
”カターニアにはマフィアがいるから気をつけろよ。”
カバンやカメラの持ち方のレクチャを受けながら 車は進む。
そんな話とは裏腹に 前回訪問した時よりも さらに親日的だ。
というのも 地元のセリエAのサッカーチーム・カターニアで
日本人選手”モリモト”の活躍のおかげ。
歩いているだけで ”モリモート!!”とあちらこちらで声がかかる。
94年にカナダから アメリカに車で入国した際 出入国管理官に
スタンプを押してもらう時に
”野茂(ドジャーズにその当時在籍)の真似をしたら入れてやる”
と言われて物真似をした・・・・
スポーツ選手は外交面でかなり民間レベルでは貢献しているのだ。
モリモトを指差してオレンジ売りのおにいちゃんと記念写真。
簾内シェフも 野菜売りのおやじと記念写真。
パスクアリーノのレクチャーはあまり気にしなくてもよいようだ。
2008年06月19日
ランチ
最初のランチ、まずは前菜はというと
お皿を渡され、適当に取って来いという。
シンプルで素材が生きているとはこのことだ。
特に 自家製のカラスミのオリーブオイル漬けがおいしかった・・・・
その後にパスタ、今日は魚介タップリのリゾット。
メインはシチリアの定番カジキマグロのパン粉焼き ペペロナータ添え
カジキは脂の部分は使わず 赤身をしっかりと火を入れているので
パサパサで 魚大好きの日本人からしてみるとビミョウな感じ。
デザートもシチリア定番のカンノーリ
甘くておいしい、今まさに自分がシチリアに来ているんだと実感した。
そして 魚があまり得意ではないパスクアリーノは
ダシをとるための肉を鍋からとりあげ 骨についているわずかな肉に
しゃぶりついていた。
僕たちのために特別という料理ではなく パスクアリーノの
お店のスタッフと一緒に マカナイを食べるというのも
こちらの一員として迎え入れられているようで感激した。
2008年06月05日
レストランの変革
まず驚いたのは店内の変わりようだ。
昨年までは

こんな 店内が今は

聞けば イタリアでも禁煙、喫煙の問題があるようで
タバコを吸いたい方は 食後こちらのバーでワインでも飲みながら
くつろいで頂きたいというコンセプトのようだ。
リストランテから始まり、ピザをはじめ、夏には、特大テラスでクラブを営業、
そして今度はバーも併用、パスクアリーノファミリーは
常に考え、変化に対応しているのだ。

パスクアリーノファミリー、左からパスクアリーノ、弟のロベルト
息子のジュゼッペ、もう一人の息子ロレンツォはデートで不在でした。
そして次への進化はホテルである。しかも既に工事は始まっていた。

あんな田舎(と言ってしまえば失礼なのだが)でも 変化し続けるレストラン、
見習わなくては。
2008年05月27日
パスクアリーノのレストランへ
シチリアに到着してやっとパスクアリーノのお店”ユニコ”に来た。
毎年初日に彼のレストランに行き、ファミリーの歓迎を受け食事をするのだが・・
実は、今朝、日本から電話があった、旅行会社の千葉さんからだ。
”昨日、パスクアリーノから電話があり、あいつらはいつ来るんだ?と言っていた。”
”もう到着しているはずだぞ、まだ会っていないのか?”
それからあわてて、車でシラクーサを走り回り、我々を発見したようだ。
さて、パスクアリーノのレストラン”ヨニコ”。
そして、シチリアらしく客席に並べる前菜も健在だ。
ヒシコイワシ、イワシ、タコ、エビのマリネ。
カラスミのマリネ、辛ーいサラミ、卵焼き(フリッタータ)、胡椒入りチーズのマリネ、
カポナータ、ドライトマト。
茄子のグリル、ペペロナータ、ズッキーニのグリル、揚げパン、マッシュルームソテー
素朴な前菜、これが食欲を刺激する。
ムニロもこのスタイルは真似していたのだが、
ほこりが入るというクレームが多発、シチリア風を直接日本に持ち込む
のは 何かと困難だ。
2008年05月22日
ネロ ダヴォラ
ネロ ダヴォラはシチリアの土着のぶどうで、それから
作られる赤ワインは最高に美味い。
日本語に訳すと ”アヴォラの黒”、
アヴォラという街で作られる黒ぶどうということなのだろう。
さて、このアヴォラという街は 今来ているノートのすぐそばだ。
パスクアリーノにそこに行って、畑を見てワイナリーを見学したい、
と申し出ると、やつは
”そこに看板があるから その前で写真だけ撮って
行った事にしておけ!”と答える。

そしてこれがその写真、自分に興味がないことには
滅法消極的、これぞイタリア男なのだ。
ノートからの帰り道
ノートからの帰り道 山一面にアーモンドの花が咲き乱れている。


早速 車を止めて パスクアリーノのウンチクを聞く。

そして この2人、足で踏み潰して割り、アーモンドを食べ始めた。
恐ろしい日伊の野生児コンビ。
暫く車で走るとまた停車、今度はレモンだ。

ナイフで切り取り、野生児2人の試食会が始まる。
また走り出し、また、止まる。
今度はオレンジの試食会。とても甘くて メチャクチャ美味い!
再度走り出し、また急停車、今度はサボテンだ。

サボテンはイタリア語で”インドのイチジク”という。
その名の通り、イチジクのように甘いフルーツなのだ。
パスクアリーノはこのサボテンの葉を50センチ位に2個切り取り
私たちはそれを日本に持っていかされ 成田空港の検疫でひっかかり
ものすごく動揺したことをこののん気なイタリア親父が知る由もなかったのである。
2008年05月15日
ノートへその3
2年ぶりの再会の記念写真。
さて、パスクアリーノの写真好きは相当なものなのだが
このシェフ・ピエロはその悪い影響をどうやらうけたようで
”向こうのドーモの前で写真をとるぞ!”とパスクアリーノが言うと
彼は”ちょっと 着替えるから待っててくれ。”という。

そしてこんなコックコートに着替え、
片手にアランチーニを持ってドーモの前まで歩く。
ベンチに座るイタリア人は笑いを堪える、
窓から”中国人!!”と罵声が飛ぶ。
街中の注目を浴びながらシェフピエロは歩き続ける。
後に続くパスクアリーノさえも苦笑い。
そして、簾内シェフと記念写真。

この写真を撮る間もずーっと失笑を買っていたのだ。
こうしてノートを後にするのであった。
ノートへ その2
楽しみにしていたケーキ屋さんはなんとお休みだった。
が、妙に気のあう二人はマイペースで楽しんでいる。

”この看板と一緒に写真を撮ってくれ!”
ツーリストメニュー8ユーロが気に入ったらしい、
実に行動パターンの読めない2人だ。

料理の本を立ち読みする2人。
さて、ノートのレストランに立ち寄った。
ここは2年前にも来たピエロシェフのお店。
なんとその時に一緒に撮った写真が店内に飾ってある。

感動した!

雑談をするシェフ2人。
この後、簾内シェフは ピエロシェフ直々にアランチーニの作り方を習う。
ここで教わったアランチーニはムニロで食べられます!!
是非おたずね下さい!
2008年05月05日
ノートへ!
定宿 ホテル・コモに今年も宿泊。
そこでパンとエスプレッソの朝食。
そしてパスクアリーノの運転でノートへ。
2時間ほどでノートに到着.。
途中に道路でチラシを配り、署名を求める団体がいた。
シラククーサから西に伸びる高速道路の反対運動であった。

こんなチラシを渡されたのだが、パスクアリーノは関心がないらしい、
シラクーサさえよければ他はあまり気にならないようだ。

ここに来るのも2年ぶり、今回パスクアリーノに特別に頼んで
連れて来てもらった。というのは ここには彼の友人のケーキ屋さんが
すこぶる美味く是非ともシェフに食べさせたかったからだ。
ここの町並みもとても美しく気に入っている。
そしてパスクアリーノとシエフはすかさず女の子の声をかける。
ウィーンから来たバックパッカーの2人組み。
まだまだ続く・・・・
2008年05月02日
最初の晩餐
パスクアリーノとマンマが車でホテルの迎えに来る。
マンマは外出時、必ずお洒落に着飾る。

”マンマ、とても綺麗ですね。”というと とても嬉しそうに微笑んだ。
さて、私たちが訪れたレストランは オルティージア島の海岸沿いにある
ピッツァ・レストラン。
レストランオーナーはパスクアリーノの友人。

このオーナー、とてもいい人で、会計の時に お金を受け取らなかった。
”パスクアリーノの友人なら私の友人だ!”とういことらしい。
こういう感じがシチリアにはまる大きな理由だ。
しかし、シーズンオフと言う事もあり、店内は閑散としていた。
来年、行ったときは彼に何かお土産もって行こうっと。
2008年05月01日
再びシチリア
パスクアリーノとの待ち合わせまで シラクーサを散策。
夕方のオルティージァ島はとてもロマンチック。
治安もいいし、パスクアリーノが自慢したい気持ちも理解できる。
シチリア旅行には タオルミーナやパレルモはよく入るが
シラクーサは忘れられがち、是非とも行ってみて下さい!
いい所ですよ!!
2008年03月26日
パスクアリーノのお部屋自慢
それから 毎度おなじみ パスクアリーノのお部屋自慢!
とても言葉では説明できないので 手っ取り早く写真で。
とにかく 壁という壁には絵がところ狭しと飾られる。
そして 彼なりのテーマがあるようだ。
ここは キリスト専用のコーナー。
そして ここは ベッドルーム、枕元の壁には十字架とキリストでイッパイ!
そして記念写真。
さて、突然の来客でマンマも疲れたようなので とりあえず
ホテルに帰ることにした。
”ディナーは知り合いのレストランにいこうぜ!”というパスクアリーノ。
8時半に迎えに来てくれるということで別れた。
2008年03月18日
それから 昼食
日伊のスーパーシェフの競演!!
(とパスクアリーノが言っていた・・・・)
簾内シェフと会ったばかりのパスクアリーノは
”お前はカラブレーぜだからな。”
”カラブリアはもっと辛いんだろう!”
”カラブリアとシチリアじゃ全然違うからな!”
と何かにつけ 簾内シェフを意地悪、いじめていた。
私的には 料理の名前が違うけど同じようなものが沢山あるし
南イタリア、地中海風、同じ範疇じゃないかと思った。
もちろん細かく言えばいろいろあるのだが・・・
まずは前菜にタリアテッレ いろんなお肉のトマトソース
そして メインディッシュは いろんなお肉のトマト煮こみ
豚やら 子牛やら 羊やらのごちゃ混ぜ煮、
そう、最初のパスタのソースはこのメイン料理のトマトを流用、
家庭ではよくやる手なのだ。
メインの2品目は豚肉に ピスタチオやレモンを混ぜて
ゼラチンで固めたもの。

そして この料理に合うワインといえば やはりシチリア産カタラット。

紙パックで まるで”森永マミー”のようだが 軽くて意外に美味しい。
そして 恒例の記念写真、こんな写真が実に多い。
お皿を斜めにして料理をよく見せるのがコツ。

その後 写真には撮らなかったが デザートは オレンジ。
テーブルでナイフを使い パスクアリーノが剥いてくれるのだが、
見た目はオレンジなのだが 味は梨のような変な感じ、微妙であった。
2008年03月11日
マンマとも再会
やっと パスクアリーノに会えた・・・・
早速 彼の運転で 自宅へ。
そして マンマと1年ぶりに再会!
歩くのが少し辛そうだが、元気な様子、
この笑顔を見て ホッとした。
そして シェフとパスクアリーノはキッチンへ。
料理に取り掛かる・・・・
2008年03月03日
メルカートで見つけた不思議なモノ
シラクーサのメルカートでこんなモノを見つけました!

それは醤油、”日本”という文字が逆さまになっているところが
素敵でしょ?
2008年02月27日
パスクアリーノと1年ぶりの再会
クリスマスの夜にかかってきた電話もそうだった。
”メリー クリスマス!”
”元気か?パパは?ママは?子供たちは?”
元気だと答えると 彼はガハハハと楽しそうに笑い、急に電話は切れた。
ここで再会した時もそうだった。
楽しそうに”ガハハハ!”と笑う。

再会直後の一枚。
そして”お前等日本人はこういうポーズで写真をとるだろ”と

このふたり、初対面、10秒後にこの写真だ。
彼等の波長はピッタリ、始まったばかりの旅行に不吉な予感、
そして予感は的中、二つの大きな台風に振り回される旅が始まった。
2008年02月26日
シラクーサ散策その2
今回の旅行では移動時間を惜しんででも食べまくると
豪語していた簾内シェフ、まさに有言実行の男であった。
まずは アランチーニ。大きなライスコロッケをパクリと食べた。
シェフはかなり気に入り ムニロで全く同じものをメニューに加えたほど。
続いて カッサァータ。シチリア定番のデザート。
そして 市内散策も終わり、とりあえず パスクアリーノのレストランに向かう事にした。
歩く事30分、レストラン”ユニコ”が見えてきた。
”全く、パスクアリーノのやつ、冷たいな・・・”と深いため息をつきつつ、
最後の30メートル、その時クラクションを鳴らしながら走ってくる車がきた。
”マサミ!!!!!”窓から絶叫しながら笑っているパスクアリーノの姿!!
やっと再会できた。
2008年02月20日
シラクーサ市内散策
気を取り直して シラクーサ散策をする。
シチリアに来ても いつもほとんどシラクーサに滞在する。
パスクアリーノがいるからだ。”他の所へ行きたい”と言っても
”あそこはつまらない、そこはドーモだけでたいしたことはない”
とパスクアリーノ・ファミリーにプランは潰される。
とはいってもここは本当に美しい!
オルティジャ島は特に美しく 100年前も100年後もきっと
何も変わらないんだろうな・・・・・
オルティジャ島にわたる橋の上から
アポロ神殿。
広場の噴水。
気分良く散策をしていると ”あれ、去年まであったあの店がない・・”
庶民的なデパートが ZARAに変わっている。
”こんな所にトラサルディが・・・・”
この田舎町も確実に変化しているのだ。
フランスのカルフールも2店舗で出来ているし、ZARAはスペインからの進出だし。
来年来たら GAPやユニクロが出来ていたりして、なんて
自虐的にほくそ笑むのであった。
2008年02月18日
チェックイン
乗ってきた電車、明るい所で見ると以外に綺麗であった。
到着したシラクーサ駅。去年はここにパスクアリーノが人の家に咲く花を
両手いっぱいに抱えて立っていたのだが今年はその姿もない。
とは言ってもしょうがない、愛は冷めるものなのだ、
とりあえず 常宿 ホテル・コモにチェツクイン。

フロントでキーを受け取り、部屋に入る、去年はスィートルームだったのに・・・
今年のシチリアは少しつめたいぞ・・・
とりあえず シェフと2人室内を見て びっくり、ダブルベッドがひとつ!
すぐさま フロントに走り 叫ぶのであった、
”ウイ アー ノット ゲイ!!!!!!”
2008年02月13日
鉄道でシチリアへ!
去年に引き続き、今年も夜行列車なのだ。
昨年の”山猫号”の出発時間には 間に合わず 次の寝台車を予約。
一人83ユーロ。(パシクアリーノは高い!と怒っていた。)
外観は”山猫号”と変わらないが、中は物凄くよかった!
まず、トイレには便座がついている!トイレットペーパーもついている!
ここはとても大事なのだ、便座のない便器、想像してみて!
部屋も布の布団、シーツ、ペットボトルのミネラルウォーター500ml。
去年は紙のシーツとぷっちんプリンのような200mlの水とは段違い。
山猫号のほうが高級感ありそうだが 名前に騙されてはいけない。
しかも 翌日にはエスプレッソを車掌さんが持ってきてくれる。
そして車窓から見えるタオルミーナ。
そして エトナ山。素晴らしいパノラマが広がるのだ。
美しい風景を眺めながら、コーヒーをすする。
しかし、車掌にナポリから一人のってくるからと言われていたので
小声で話す。しかし、3段ベッドの最上階の客は静かだ。
ナポリに到着時、車掌と20歳代の女の子がドアを開けて
入ってきたのは寝ぼけ眼の霧の向こうで覚えている。
”東洋人、しかも男と同部屋で 可愛そうにな・・・”
”しかし静かな人だ、トイレ行かなくて大丈夫かな・・”
”もしかしていないんじゃないの?”
そう、部屋を変えるよう車掌に頼んで出て行ってたのでした・・・・
さあー、間もなくシラクーサ、去年は大きな花束をもって
ニコニコして駅で待っていたパスクアリーノ、さて 今年は!!!!
いない!!どこにもいない!!!そんなー!!
ふたり寂しく ホテルに荷物を転がし、チェックインするのであった。
2008年02月09日
1月28日出発
1年ぶりにパスクアリーノに会えるとなると胸が高鳴った。
また、簾内シェフとの顔会わせも楽しみ、
パスクアリーノにどんな風にいじられるのか、
いじめに耐えられかな、フフフフ・・・
さて、今回もミレニアムツーリストの千葉さんにチケットをお願いした。
パスクアリーノと私の共通の友人であり、イタリアに精通しているからだ。
アリタリア航空が間もなく消滅するため、マイレージを使ってしまおう
という乗客が殺到し、私たちはオーストリア航空で飛ぶ事になった。

機内も清潔、機内食も悪くないし、フライトアテンダントもフレンドリーで素朴、
ウィーンでの乗り換えもスムーズ、とても気に入った、
次回もオーストリア航空に決まりなのだ。
ウイーンでの乗り換えの合間、わずか1時間30分の間に
生ビール(大)を2杯を飲み干すシェフ。

2008年01月28日
行って来ます!
本日から 2月4日までお休みさせて頂きます。
シェフとふたりで今後の料理のネタをふんだんに
勝ち取ってまいります、戦果は今後のお料理で披露いたします。
お楽しみに!
2007年12月12日
DALLOYAU
ダロワイヨと読む。
パリに本店を持つ1802年創業のデザートの老舗。
今では、デパ地下でも手に入る。
そんなブランド知らんかった・・・・
そこのケーキをお客様から頂いた。

センスのいい紙袋、シチリアの田舎ではこんな洒落た袋見た事無い!
そして中を開けてびっくり!!!!


それは色鮮やかな てんとう虫。

中は マジパンのなかにふんわりスポンジケーキ、
さらにその中にクリーム、まさにイタリアのズコットだ。
甘さ控えめな上品でパリの貴族の味!!
これをシチリア人が作ったら この100倍は甘いだろうな・・・
もはや上品な甘さには耐え難くなってしまった。
ということで来年1月やっぱりシチリアへ行こうと決心するのであった。
2007年09月12日
雑誌に紹介されてます!

”東京で暮らすセレブのためのフリーペーパー”
なんとも似つかわしくない雑誌にムニロは紹介されました。
少々照れくさいような・・・・・

今月号の最新版です。
もし、手元にあるならチェックしてみてください。
2007年09月09日
アンティカ・マリーナ
カターニアのメルカート(青空市場)にあるこのレストラン、
アンティカ・マリーナは私たちの教科書だ。
雰囲気、料理、サービス、ワイン、とても参考になる。

前菜はこんな具合に並ぶ。全部で15種類ほど。

ホールで働くおじさん、ここではこのおじさんがキーポイント!
”マンマと一緒に住んでるから家賃かかんないもんね、
食費もここで食べたり、マンマが作ってくれるから
遊ぶ小遣いだけかせげればいいんだもんね・・・”
そんなつぶやきが聞こえてきそうなゆる~いサービス。
あー、シチリアに来てんだなと実感する瞬間だ。

そしてこんな具合の提供される。


パスタは2種類、乾麺と手打ちのショートパスタ。
とびちるソース,素敵!!



メインは3種類。
カジキマグロのグリル、手長エビのグリル、エビのパン粉焼き。
しかし、思う事は値段が高いということ。
リラからユーロに変わり、値上がりし
さらにそのユーロがジリジリとあがる。
正直、日本の方が安く感じる。
イタリアではおいしくて安くて、と思うのは今や幻。
何とかならないかな・・・・・・・・
2007年09月05日
カターニアのメルカート
シラクーサとは比べ物にならない大きさだ。
活気もあり、築地市場に似た雰囲気がある。

子牛が沢山つるされていた。

シチリア名物のカジキマグロ。

貝専門、見た事がない貝が並ぶ。

ソーセージを作り続けるおじさん、これが旨いんだ。

パッキーノのトマトはイタリアでも有名、シチリア名産品!
ここで働く男たちは お金で得る豊かさよりも はるかに超越した
精神の豊かさを感じる。笑顔や声、立ち振る舞い どれをとっても
素晴らしい!!豊かさはお金では買えないのだ、
ここに来るといつもそれを感じる。
2007年08月22日
アチリアーレお祭り前夜
お祭り前夜の街の様子。


蝋燭を持った信者が続々と教会に入る。


来年はお祭り当日に宿泊したいと強く思ったのであった。
2007年07月27日
アチリアーレの昼食
”アチリアーレはドーモしかない街だ”とパスクアリーノが言っていたっけ・・・

これがそのドーモ、確かに他に何もない街だ。
シラクーサが都会に思えてしまうほど、だけどそこがいい!
実は今回の旅行でこの街が一番気に入ってしまった!
まずは昼食、レストラン探しにうろうろする東洋人。

結局、我が娘が気に入った外観のお店に入る。
お祭りの特別メニューがおすすめだというカメリエーレ。
パスタ+メインディッシュ+コーヒーで 12ユーロ。
お祭りに便乗して高い値段をとる日本とは大違い、
お祭り特別メニューだから 安いのだ!
早速注文。
まずはパスタ。

魚介のリゾット。

トマトソースのラビオリ。

イワシとウイキョウのペンネ、シチリア名物!
しかし、ご覧の通りソースは外に飛び散り、
豪快な盛り付け、素晴らしい、I LOVE SICILIA!
さらにメインディッシュに続く。

カジキマグロのインボルティーニ、これぞシチリア。

ブタのソテー キノコのソース。

子牛のソテー グリーンピースとチーズのソース。
腹いっぱい、大満足のお昼であった。
2007年07月18日
アチリアーレへ!
"行かなくてもいいんじゃないか・・・・・”
パスクアリーノの必死の引止め策をかわし、一路アチリアーレへ。

メッシーナ行きの電車で2時間ほど。

旅行会社の千葉さん曰く
”アチリアーレのお祭りはシチリア最大でとても面白いですよ、
旅程上前日にしか滞在できませんがそれでもわくわくした街素敵ですよ”
2時間ほど揺られて アチリアーレへ。
電車の中でも 日本人の私たちをみると
”モリモート!”と声をかけられる。
そういえば 一昨年メキシコに行った時は
”ちびまるこちゃん!”とよく声をかけられたっけ・・・・・
さてアチリアーレに到着、駅の外は激しい雨!
そして駅の外へ!
改札口(?)を抜けると 外は真っ暗、しかもどしゃ降り。
地図で確認すると 駅の目の前にはお店が並び
宿泊予定のホテルまですぐのはずが 何もない!
道路と山だけ、駅間違えたか!不安になる。
なんと この駅は新しく出来た駅で、地図に載っている旧駅は
20分程歩いた所にあるとのこと・・・・
どしゃ降り、暗闇の中、旅行カバンのキャスターの音だけが響く。
駅に到着、さらに商店街を抜ける。待ち行く人やお店の店員たちは
みんなジロジロ見る。
こんな田舎町に東洋人が雨に濡れながら黙々とカバンをおす。
しかもこの石畳、キャスターには厳しい悪路である。
かなり不気味な光景だったんだろう。
それでも 私たちは何とかホテルに到着したのであった。
2007年07月12日
シラクーサでお別れの食事会その2
早速 お別れの食事会が始まる。

パスクアリーノは みんなに プレゼントを渡す。
そのプレゼントは よくあるカレンダーに自分の写真を張り
サインしたものだ。お金はかかってないが 手作り、心がこもっている。
似た様なものはたくさんもらったが やはりうれしいものだ。
実は自宅で今も使っている。

シチリアはおいしいから好きだ、将来は住みたいという娘。

ご機嫌なパスクアリーノ、このおやじ なれると味のある
くさやの干物のようだ・・・・
楽しいシラクーサ滞在だった。
2007年07月05日
シラクーサでお別れの食事会その1
さて、パスクアリーノの街シラクーサといよいよお別れだ。
次は電車でここから 2時間ほどのアチリアーレに行く予定。
”あの街は つまらないぞ、退屈するぞ!”
”なんなら俺が車で付き合ってやるから ここから日帰りで行ける!”
”次のホテルは予約してあるのか?”
”金を払っていないならキャンセルしろよ”
それから周りの人間を巻き込んで
”こいつらアチリアーレに行くって言ってるんだけどどう思う?”
すると見知らぬ人たちは口々に
”あそこはドーモ以外なにもない・・”
”シラクーサが一番いい所だ!” 喧々諤々。
パスクアリーノ、その好意はとてもうれしいけど行かせてくれ!!
2007年06月28日
シラクーサのメルカート
時間があるとついついメルカートに足をのばす。



新鮮な野菜、魚、貝類が並ぶ、でもカターニャの方が活気があり
もっともっと広い。

友人にITALIAと書かれた帽子を買う。
後日、おみやげとして渡すと なんとメードインチャイナだった。
せ、せめて ”メードイン チェニジア” だろう!
2007年06月22日
タオルミーナ4
シチリアの田舎ばかり見てきた娘もこの観光地には大喜び。

カメラを渡すとこんな写真を撮ってきました。






これって 日光のお土産屋でも見たような気がする・・・・・

子供の視点は実にユニークだ。
2007年06月19日
タオルミーナ 3
タオルミーナはこんなお店が並ぶ。


さて 昼食と言う事になった。
ツアーコーディネーターのパスクアリーノは ボロボロのアドレス帳を
取り出し、携帯電話をかける、が パスクアリーノの友人のレストランは
どこも休業中。ここでは観光客が激減する11月から2月までは休む。
どこもつながらない、次第にあせるパスクアリーノ・・・
そこへ偶然に パスクアリーノの友人でレストランのオーナーに出くわす。
”久しぶり!!元気か!!”
大声で再会を喜ぶふたり、美しい友情。
握手をした手を離さずに近況を語り合い 大きな声で笑う。
ところがパスクアリーノのこの一言で険悪な雰囲気に・・・
”日本から友人が来ている、お前の店を開けろよ!”
” 何を言っている!できるわけないだろう、2月まで休みだ!”
こうしてふたりはタオルミーナの目抜き通りで 怒鳴りあい
喧嘩に進展する・・・悪夢・・・
”全くこいつは何を言っているんだ!”と大げさなジェスチャーを
しながら去っていく。
するとパスクアリーノは僕の顔を見てこう言った。
”あいつとは子供の時からの友人だが 頭が固いやつなんだよ。”
パスクアリーノは東京から来た私たちにおいしいものを食べさせようと
交渉してくれたのだが、気持ちはうれしいけどほどほどに・・・・
2007年06月07日
タオルミーナ その1
実はタオルミーナを訪れるのは今回が初めてだ。
途中エトナ山の煙を見ながら走る。

途中子供が ”パスクアリーノ、喉渇いた!”と言えば
車内に転がっているオレンジを手渡す。
それが うまいこと うまいこと! そして説明が長々と始まる。
”シチリアには4種類のオレンジがとれて これが一番甘い・・・・”
まずはタオルミーナの上にあるMonta Tauro(タウロ山)に到着。
そこには山頂には城塞があり、そこからの景色は素晴らしい。




これが城砦跡。砦は今にも崩れ落ちそうでロープで補強してある。


そして娘とパスクアリーノ、バックぬは雄大ねエトナ山の噴火!

2007年05月24日
陶器の街カルタジローネに行く!その4
さて、カルタジローネでお食事、の前に解散、自由時間。
やはりうちのスタッフは陶器に興味があるようで
バラバラになり買い物、そして僕はパスクアリーノとお茶。
”いいバールというのは 雰囲気、お客、香りで判るんだ!”
とふたりでバールめぐり、鼻をクンクンさせ 客層をジロジロ見ながら
歩くパスクアリーノはイタリアでも間違えなく変人!!
そして 昼食。
階段わきのレストラン、名前も”LA SCALA” 階段・・・
内装はこんな感じ、気取りなく、でもナプキンのセッティングが独創的。
お店が階段のすぐ脇にあるから ナプキンを階段にみたてている!

料理は シチリア田舎料理、旨かった!

グリッシーニは太くてさくさく、早速ムニロでパクらせて頂きました。

オレンジとオリーブのサラダ。
パスタは ファルファーレ ピスタチオのソース

トマトソースのペンネ たっぷりパン粉をかけて

このパン粉はレストランごとに味もツブの大きさも異なり面白い。
ニンニクの香りをつけたもの、塩けたっぷりのもの等々。
このお店のパン粉はムニロと同じ、細かく、シンプル。

最後にオーナーと語るパスクアリーノ。
”俺はシラクーサでシェフをやっており かつてはローマ法王の料理番を・・・・・・”
自分がいかに偉大であるかをとうとうと説明する。
ここもパスクアリーノのおごり!!!
ご馳走様! シチリアにきたから 実はすべておごりなのだ。
宵越しの金はもたないパスクアリーノ、実にカッコいい!
2007年05月03日
娘のお気に入り
彼女はイタリアのガチャポンにはまっていた。
日本でもある100円いれて おもちゃが入ったカプセルがでてくるやつ。
イタリアでは1ユーロ、ものによっては2ユーロ。


中には小さなぬいぐるみやプラスチックのおもちゃ、
でも うちの娘がはまったのは スーパーボール。
日本のとは違って 色使いがきれいで バウンドさせるのが
もったいない感じ、娘も行く先々で購入、きれいなものは
カバンにしまい、大事にしまっていた。

パスカリーノが持ってきてくれる子供たちへのお土産も
これだ!とばれてもしまった・・・
2007年04月22日
陶器の街カルタジローネに行く!その3
さて、ここは陶器の街。
陶器のお店が並び ウインドーショッピングをしているだけで楽しい。







そして購入した壷はこれ!
お店のおじさんと記念写真を撮る。

ここは橋も 階段もすてきなタイルで装飾がほどかされている。


階段で休む親子連れ。
2007年04月16日
陶器の街カルタジローネに行く!その1
シチリアの陶器で有名な街カルタジローネに行く。
パスクアリーノの車で彼の運転でむかう。
ちなみにパスクアリーノは トヨタのイプサム(イタリアではトヨタ・ピクニック)
からフォードのギャラクシーに買い換えていた。
5人乗りの車に7人乗り込み 約2時間のドライブ。
そして 山の上に密集した街カルタジローネが見えて来た。

カルタジローネは有名な割には小さい。

ドーモも可愛い。


そして山の上にあるだけに 坂道が多い。


この階段を上りきると絶景が・・・・・・・

2007年04月15日
イタリアの公衆電話

素晴らしいデザインとカラーリングでしょう!
さすがデザインの国イタリアだ。
2007年04月05日
パスクアリーノの自宅にお呼ばれ その2
早速マンマのお出迎え!!

こんなビビッドなセーターを着込み、可愛いイヤリングをして
93歳なのにとても女性らしい!チャーミング!!
さて、パスクアリーノの自宅は1階の店舗と同様 いろんな物が
ところ狭しと並んでいる。

ここはリビング、左側に見えるのは時計、その数100は越えている。
座っていると カチカチと物凄い時計の時間を刻む音。
実に落ち着かない、ところがそんなの序の口!!
これが 長針が12をさした時 例えば5時のなれば 一斉に
”ゴーン、ゴーン””カッコー、カッコー”等々鳴り出す。
その時ばかりはマンマも耳をふさぎながら
”とてもうるさくて 落ち着かないわ!!”と言っていた。
壁もすごい、それぞれの壁にはテーマが決められゴチャゴチャと
装飾されている。

ここは日本コーナー。

極めつけはこのテレビ。壊れたテレビのブラウン管の部分に
自分の写真をセロテープで貼ってあった!!
パスクアリーノ、やはりあなたは凄い、ダリと同じカテゴリーかも・・・
パスクアリーノの自宅にお呼ばれ その1
毎年恒例のパスクアリーノの自宅に招待される。
パスクアリーノの車に無理やり乗り込み(5人乗りに7人)出発!
自宅はシラクーサ市内から車で10分位のマンションでマンマと
ふたり暮らし、仲良く暮らしている。
自宅マンションに到着、すると パスクアリーノが
”見せたいものがあるんだ!”と言って
マンション一階の店舗のシャッターを開ける。



このガラクタの山!と言っては失礼だが雑然とアクセサリー
おもちゃ、時計が並べられている。
きっとマニアには魅力的なのだろうが 今回見せられたメンバーには
残念ながらマニアはいなかった。
どういうビジネスかというと 交換をするらしい。
要らなくなった物をここに持ち込み、代わりに何か持って帰る・・・・
どこでお金が生まれるんだ??????
まあ、いいや、とにかくお腹が空いた。

どうだといわんばかりのパスクアリーノ!

こんな看板です。
2007年03月13日
シラクーサ散策 その1
パスクアリーノと別れてシラクーサ市内観光。

まず僕たちの目にとまるのは デザート、ドルチェ。
シチリアの東地区はデザートで有名なのだ。

チョコレートで作ったチェス、もったいなくて食べられない!

同じく 釘、金槌、ネジ、チェロもチョコレートに。

こんな感じでショーケースに並ぶ。
もちろん定番のババ、カンノーリ、カッサータも並ぶ。

このへんのデザートは ムニロでもやっているのだが
正直、ムニロとシラクーサのバールのババ、さほどかわらない美味しさ。
というか ムニロのデザートもなかなかだぞと手前味噌ながら感じた。
これからもっとバリエーションを広げていくぞ、シチリアそんなに遠くないぞ!
と感じたのであった。 (続く)
2007年03月05日
マンマに再会
レストランに戻ると マンマが待っていた。
久しぶりの再会。

マンマとの再会はとても楽しみにしていた。
いつもの笑顔でハグとキスをする。
息子が連れてくる得体のしれない東洋人にも心優しく出迎えてくれる。
お料理は前菜の盛り合わせ、魚介のリングイネ、イワシのグリル、
イカのフリット。話が盛り上がって写真を撮り忘れた。

イワシのグリルを持ってきてくれたジュゼッペ。
ようはイワシを炙ってレモンを絞っただけ、白いご飯でもいけるかも。

イカのフリット、これもシンプルだけど上手い!
揚げて、塩ふって、レモンを絞ったもの。
シンプルで素朴なシチリア料理にみんなの笑顔、
自分の田舎に帰ってきたような感じだった。
2007年03月01日
ユニコでウエルカムランチ その前に
市内観光を終えた我々はパスクアリーノのお店”ユニコ”へ。

ランチで混むお店に入ると挨拶もそこそこ、
厨房に連れて行かれ手伝うはめに・・・・

働け!若者!

シェフはパスクアリーノやロベルトから新作の指導を受ける。
彼等もプロ、いつも何かしら新しい料理をあみだし
それをいやな顔一つせずすべて教えてくれる。
2007年02月25日
モリモート!!
カターニア、シラクーサあたりを歩いていると
やたらに話しかけられる。
”モリモート!!”
現在、セリエAのシチリア・カターニアに所属。
去年までは ”ニイハオ!”と声をかけられたが
モリモートのおかげで日本人の認識も高まった。
日本から大きな声で応援したい!
”モリモート!!”
2007年02月22日
シラクーサ市内観光
いまさら見る所ところはないと思うのだが
シチリア初めてというトシのためにも市内観光。

シラクーサ市看板前

オルティージァ島をバックに

パスクアリーノが生まれ育ったシラクーサ。
本当に美しい、何度訪れても ため息がでる。
パスクアリーノは何処に行っても たとえ日本でも
”シラクーサのパスクアリーノだ”と自己紹介する、
それほど、自分のホームタウンに誇りを持っている。
”下北沢の大塚です”とは言えないよな。
シラクーサ一周のあと パスクアリーノのレストラン”ユニコ”で
食事会だ、楽しみにしていたマンマに逢える!!
2007年02月16日
ホテルにチェックイン
パスクアリーノの友人が経営する3つ星ホテルにチェックイン。

シラクーサ駅から徒歩15秒、駅の目の前。


ホテルのロビーで我が娘に再会のキスを強要するパスクアリーノ、
とても嬉しそうだ。
”このホテルのオーナーは友人だ、好きな部屋に泊まれ”
ということで、当然スイートルームにしてもらう。
そして鍵を渡され 部屋に入ると部屋の豪華さより
特大のウエルカムフルーツの盛り合わせに目が留まる。

サボテンをお皿にオレンジ、レモン、そしてアーモンドの花。
そう、これはすべてパスクアリーノの手作り。
私たちがスイートルームの泊まることが分かっていたのだ。
そして、パスクアリーノの目の下の大きな擦り傷、
それはこの盛り合わせを作るために自ら木に登り
落下し、その時にできた傷だった。
感激と感謝でパスクアリーノがぼやけて見えた。
2007年02月13日
トイレの便座
寝台車に乗ると車掌さんが4つのアイテムを渡される。
その1、シーツ (それを二つ折りにしてなかに包まる)
その2、水 (ぷっちんプリンの様な容器に水が入っている)
その3、紙のスリッパ
その4、トイレの便座シート (便座の上において用をたす)
トイレの便座シートだけはどうも理解できなかった!
しかし、イタリアでは、バールでも、レストランでも ほとんどの場所で
便座がない!!便座なしではおしりが落っこちるではないか!
イタリア人は他人のおしりをのせた後に使用するのを嫌がる。
だから便座には座らず 中腰で用を足す、筋トレのように・・・
どうしても便座を使いたい時は車掌さんに言って借りる。
だったら和式の方がいいんじゃないか?
イタリア製和式便器、どんなデザインでどんな色か、見てみたいものだ。
2007年02月09日
なぜ寝台夜行列車か
そもそも、今回シチリアに夜行列車で行ったか?
それは旅行会社の千葉さんのお薦めであった。
シチリアはイタリア本土と離れた島である。
そこまで列車で行くにはかつての青函連絡船のように
列車を切り離し船に載せ海を渡る、そして
シチリア・メッシーナでまたつなぐ。
”その組み立てる場面を近くのおすすめのバールで
アランチーニ(ライスコロッケ)をつまみながら眺める”
それは最高にうまい!!とのことだった。
ところが実際にメッシーナでそれをしようと列車から降りようとしたが
降りられない!!車掌に”だめ”と言われる。
なんでもイタリア人はのんびりしすぎて一度降りると戻ってこず
置いてけぼりが連発したそうだ。
時間通り戻ってくるのは律儀な日本人だけか!
ということで最初の希望はかなわなかった。

2007年02月07日
07年シチリア旅行記 はじめに
まず、最初に一言、
今回の旅行でのパスクアリーノの大活躍を期待している方が
多いかと・・・しかしながら 我々が彼の毒に慣れたのか、
彼が人間的に成長したのか、今回はとても素晴らしい
アテンドをしてくれたのだ。
ただの旅行記としてお読み下さい。
2006年11月15日
そろそろシチリア旅行の打ち合わせ!
来年の2月にまたパスクアリーノのところへ行ってきます。
今年はパスクアリーノの住むシラクーサは2日間だけ。
ローマから列車でメッシーナへ。その後 カルタジローネ
タオルミナ、シラクーサと計画しています。
なにかお勧めありましたらご紹介下さい!!!
2006年04月27日
ユニコでのディナー
まだまだ パスクアリーノのレストランでご馳走になった
料理があったので紹介します。

魚介のリゾット。パスクアリーノ曰く”チーズは使うな。チーズを使えばそれはミラノ風になっちまう。”
だから スープがシャバくておじや風。でもこれがシチリアのリゾットだ。

鯛のソテー、オレンジソース。付け合せはなし。でもイタリアでは当たり前。
この二つの料理もシチリアの厨房で習った。
実は4月16日付けの”シラクーサ”という新聞の一面にこんな記事があった。
”パスクアリーノ、3回目のシチリアを日本に紹介するツアーに出る。”
”今回も リストランテ ムニロでパスクアリーノフェアを実施する。”
”今回の料理は ウニのスパゲッティ、ミニニョッキ カジキとプチトマトのソース、
鯛のソテー、オレンジのソース、他肉料理を3種類と食後酒”
でた!!聞いてないよ!!
ということで 今回のパスクアリーノのスペシャルコースメニューの出来上がり。
詳しい日程は 後ほど!!
2006年04月16日
シラクーサの休日
シラクーサ、オルティージャの日曜日はとてものんびり。
家族連れ、夫婦、友人等々、みんなドーモ前の広場に集まる。
そして、知っている顔を見つけると立ち話。
また、階段に座り込んで、知り合いの顔を捜す。


そして 風船売りの屋台もやって来る。

アメリカのキャラクターが多いのだが、日本のハム太郎のもあった。
子供は ハロウイーンのごとく、仮装をする。
男の子は スパイダーマン、バットマン、カウボーイ、
女の子は シンデレラのようなドレス。

この子は ナポレオン風、ヨーロッパならではのコスチューム!

この子は お姫様!
こんな具合だったからホテルの人に今日はお祭りかと聞いてしまった。
ただの 普通の日曜日なのだ。
こんな のんびりした日曜日、最高だな。
2006年04月03日
映画「マレーナ」を見ましたか?
映画「マレーナ」を見ましたか?
ニューシネマパラダイスのジュゼッペ・トルナトーレ監督がシチリアを舞台に切ない恋を綴った最高傑作!
主演はイタリアの宝石 モニカ・ベルッチ。この映画の舞台がパスクアリーノが生まれ住む町シラクーサなのです。


マレーナの撮影の時 たびたび トルナトーレ監督やモニカ・ベルッチが食事に訪れたそうな!!
このふたりの大ファンの私には どこの席?と思わず聞いてしまった。
モリコーネのあの音楽も最高でした。是非DVD見てください!!!
2006年03月31日
今回のシチリアを訪れた訳
まだまだ 書くことがたくさんあるのだが今回のシチリアを
訪れた最大の目的は料理の勉強なのである。
昼は食べ歩き、夜は厨房で研修の日々。
みんな真剣そのもの。コバもこんな顔で動き回る。

2月から ムニロファミリーに加わった嵯峨山シェフもパスクァリーノの言葉に聞き入る。
嵯峨山シェフは2年間 トスカーナ、ナポリと修行をしてきて 最後の仕上げに
パスクァリーノの洗礼をうける。あのイタリア生活の長い千葉さんが日本で最高のシェフと絶賛し、
ムニロファミリーに口説き落とし ついに参加。

優は仕事がきつくても この笑顔。
実は ここの厨房で働くイタリア人に 口説かれていた。

そして お約束のいつもの写真。
今回のシチリアはかなりの収穫が各自あり 最高の研修でした。
勉強にもなり また チームワークもよく たぶんオープン以来最高の雰囲気であります。
今後も 乞うご期待!!

ちなみに 優にメールアドレスを教えろとか電話番号を聞いていた男は 右から2人目の
体格のいいこの人。感じもよく優しそうだし、いいんじゃないのと勝手に思っていました。
2006年03月25日
ユニコで食べた不思議なパスタ
パスクアリーノのお店 ユニコ。

ここで不思議なパスタを食べた。

ペンネ はちみつとピスタチオのソース。
マンマもパスアリーノもおいしいと普通に食べていたのだが
日本人の私には ちょっと無理。
はちみつそのものの甘さ、ピスタチオの香ばしさ。
うーん、これは封印しよう。でもがんばって 完食しました。
2006年03月20日
ラグーサへ
パスクアリーノの神風運転でラグーサへ行った。
中世の町ラグーサは素敵な場所。


さて ここでは パスクアリーノの友人が経営しているレストランへ食事に行く。
まずは前菜がわりに パスタ。
これはイカスミのスパゲティ。黒くないのだ。こげ茶色、少し太めのパスタ。
イカスミの味が少しマイルドになっている。

パッパルデッレ 魚介のクリームソース。シチリアでクリームソースっていうのもありか!
でも おいしい、モルト ヴォーノ!!

フジッリ 牛のラグーソース。強烈に濃いミートソースがパスタによく絡む。

真鯛のソテー オレンジと魚介のソース。これは 日本人好み。

仔牛のソテー 赤ワインのソース。表面にピスタチオをつけてカリッと焼く。

デザートは レモンのケーキ チョコレートのソース。チョコレートにのっているのは 赤唐辛子。
チョコレートと赤唐辛子の組み合わせ、いろんな店でよく見られた。

どれもきをてらうわけでもなく、普通においしい!!これが愛される理由かも。
また、シチリア料理には コショウは使わないとか、手打ちパスタはあまりやらないとか、
クリームソースはない、とされていたけど、そんあことはない!
シチリア料理は進化しているのであった。
パスクアリーノの顔で すべてタダだったのだが、お店を出ると一言。
「あいつは哲学者みたいなしゃべり方で 説明が多いんだよ」
2006年03月13日
ノートのデザートは最高!!
ノートでは カフェめぐり。
まずは カンノーリ。
薄い皮を揚げて その中に リコッタクリームを入れる。


そしてこう食べる。

外はさくさく、なかのクリームも程よい甘さ、それに 表面についたピスタチオ。
もちろんとてもおいしいのだが どこか懐かしい味。
子供のころ食べた何かに似ている、けど思い出せない!

町並みも美しくとても素敵な所。
でもパスクアリーノは「ここでおみやげは買うな、高いぞ。シラクーサで買え。」
ここでも ファシスト。わかりました、マエストロ パスクアリーノ。
2006年03月09日
シチリアの自動車事情
シチリアはどこも狭くて 大型車が少ない。
圧倒的に小型車が多く、細い道をきびきび走る。
特にオルティージヤ島は本当に狭く、ゴルフ、アウディサイズまで。
スマート、シトロエンC3、C2、フィアットプントという小型車ばかり。
買ってから一度も洗車してないような汚さ。
しかも ボコボコ、へこみ、傷だらけ。
私の愛車と同じバルケッタもこんな具合。

これじゃあまりにかわいそう。
マニュアルでエンジンをブンブン回して気持ちよく走る姿には感動。
オートマ、大型エンジンばかりの日本とは かなり違う!
注目のアルファ159はカターニアで1台見ただけ。
2006年02月28日
カターニャの街並み
シチリア第2の都市。
化学工業とバロック建築の町。
シラクーサに比べれば はるかに都会。
と言っても、フェラガモとかグッチとかそんなブランド品はありません。
(マックスマーラはあったかな)
メイン通りはエトウネア通り。

この道の先には 雪で化粧されたエトナ山が。
この道、夕方5時過ぎると、歩行者天国状態なのだ。
クラクションが鳴ると 一時的に歩道に逃げるが
道路はまた 人で溢れる。
よく見ると みんな オシャレをしている。
おやじは ジャケットをきて やたらカッコいい。
知人を見つけては あちらこちらで 立ち話。
この人たち、仕事しているのか?
日本の夏祭りとか 成人式とか そんな空気。
そうか! イタリア人はこんなところで ファッションセンスを磨くのか!!
勝手にそう理解しました。
そういえば イタリア人の友人が
「高くていいものは 買わない、安いものをちょくちょく買う。」
そうか、日本のおやじたちも 自分の服は自分で選び
かっこよく着よう。
彼はこうも言っていた。
「自分のことは 自分にしかわからない、だから 自分で選ぶ」と。
2006年02月25日
カターニャの空港での出来事。
カターニヤの空港でひとりの男(40歳ぐらい)がもめていた。
機内持ち込みの荷物はひとり1個までなのだが、彼は二つの荷物を持っていた。
空港職員とその男が大きな声で顔をくっけんばかりに怒鳴りあっている。
周囲の人たちは凍り付いている。
さんざん怒鳴りあった挙句、空港職員は 空港警察に連絡、
警察官が5,6人駆けつけ、ふたりはとりあえず落ち着く。
その時、飛行機に乗り込むためのバスが到着、
二人と警察官を残し、乗客たちはバスに乗り込む。
バス出発まで5分ぐらい待たされていると
先ほどの二つのカバンをもったあの男が ムッとした顔で乗り込んできた。
「ごねたかいがあったな」、「やったじゃないか、おめでとう」
バスの中は 握手と祝福の嵐。
ムッとした顔はいっきにくずれ、大笑い!
和んだ雰囲気の中でバスは出発。
しかし、そのバスは10メートルも走らないうちに止まる。
目の前には飛行機。
先ほどから目の前に止まっていたのは知っていたのだが まさか あの飛行機とは・・・・
5分以上待たされて、移動した距離は 10メートル。
すると、バスの中は 拍手喝采。
「ブラボー!!」の声が 響き渡る。
運転手にみんなが 話しかける。
「いい旅だった!」 「ありがとう!!」
なんでも楽しんじゃうイタリア人、すごいな、うらやましいと心から思いました。
2006年02月24日
カターニヤのメルカート(市場)
カターニヤのメルカートは二つあります。
食べ物のメルカートと洋服のメルカートです。
朝8時ぐらいから 始まる食べ物のメルカートはこんな感じ。


肉屋のおにいちゃんとコバ

洋服のメルカートは 食べ物のメルカートから 北へ徒歩10分ぐらい。

食べ物のメルカートの中におすすめのレストランがあります。
やまけんさんおすすめなので 早速行きました。
アンティカマリーナ。
前菜がどどどと6皿、パスタ2皿、無念 メインまで行けず。

まずは フレッシュなウニ。
その後、ドドドドドドと怒涛の前菜攻撃!!






まだまだ!



全部で11皿。うーん、ムニロ艦隊完敗。
どれも 味がしっかりしていて モルトヴォーノ!!
個人的には ウイキョウとブラッドオレンジのサラダ、この組み合わせ◎。
こんな前菜の出し方いいよね、とスタッフと話し合う。
ムニロでもやってみよう。
この後のパスタもおいしかったんだけど やっぱり前菜、大事だよなーと実感。
これは ムニロでも活かしていきます。
2006年02月23日
ユーはモテモテ。
イタリア男は 女性に声をかけるのは当たり前とよく言われていますが
彼女には そんなものではありませんでした。
飛行機にのれば (カターニャ~ローマ間)まわりのイタリア男たちに
電話番号を教えろと迫られる。
カターニャの市場では 働く男たちが 「ベッラ!ベッラ!(美人?)」と
大騒ぎ、市場騒然。試食はし放題、屋台でも 彼女がニッコリ笑って
「グラッツェ」と言えば 全部タダ。
ありえない!!

この笑顔なのだ。
そうだ、日本のおやじたちも 積極的に声をかけよう。
2006年02月22日
さて 早速 みんなで食事。
彼のレストラン ユニコで 食事会。
貸切で、パスクアリーノファミリー勢ぞろい。
まずは 前菜に パスタ。

このパスタ、ニョッキなのだが、チョコボールほどの大きさの球状。
ソースはういきょうとマグロ。
これが とにかく おいしい!!!! 不思議な食感。
是非、ムニロでもやってみたいと思いました。
メインは カジキマグロのパン粉焼きと鯛のソテー。

鯛のソースは ワインビネガーの効いた甘酸っぱいソース。
両方ともまさに シチリア!!
デザートは イチゴのムース、ティラミス、チョコレートケーキの盛り合わせ。
なめらかなムース、これ絶品。

あー至福の時!
パスクアリーノファミリー温かいもてなし。
シチリア人は親切で 食事はおいしいし、ここは 天国!!